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第9回 イノセとディオバン 


 昨年は、降圧薬バルサルタンに関する臨床研究の論文捏造が明るみとなり、大きな問題となった。一連のバルサルタンに関するニュースについては、すでに多くの情報が報道されており、ここで今回あえて触れるまでもないであろう。これからの臨床研究をどのように行っていくか、医療界および製薬業界は大きな課題をつきつけられた格好だが、真剣に取り組んでいかなければならない課題だ。

 さて、今回ここで取り上げたいのは、臨床医としての姿勢についてである。


バルサルタンと処方の構造

 処方する臨床医側としては、製薬会社の宣伝等による情報を受けて、薬の存在やその効果について関心を持つことになる。その後、何らかのプロセスを経て(この部分は臨床医によって千差万別であろう)、最終的には処方行動に至る。その処方行動が全国的に大きな潮流となっていたことは、ディオバン(バルサルタン)の売上高(2012年は約1083億円)で証明済みだ。ディオバンは国内では臨床医から大きな支持を得られていたのである。

 今回の一件について臨床医側にも反省すべきことがあるとすれば、なぜここまで気がつかなかったのか、ということだろう。今回問題となったバルサルタン関連論文は2007年以降に発表されているが1,2、5年以上経過してからようやく問題が顕在化したということは憂慮すべき事態なのだ。

 見破れなかったほうにも責任がある。少なくとも、臨床医の論文を読む能力の低さが露呈してしまったことは痛恨の極みだ。このような状況で、他の薬も大丈夫なのだろうか・・・心配されてしまうのも無理はない。


処方の群衆化

 さらに憂慮すべき事態が起きている。この問題が明らかになってからの医療機関の対応である。論文捏造疑惑が報道されるやいなや、臨床医が個別にディオバンの処方を中止する、という対応ばかりか、取り扱いを中止すると発表する医療機関が次々に現れた。

 薬自体には何の問題もないのに、である。

 事実関係が明らかになっていない段階での対応ゆえに、「そのような怪しい薬は信用できない」という感情的反応だったのであろう。これは科学的判断ではない。そして、このような行動は連鎖していく。おそらくディオバンの処方数は激減してしまったことだろう。

 まるで一斉にバッシングして退場を迫るかのようだ。薬自体に責任を押し付け、市場から排除することで、早期解決をはかったようにも見える。

 そもそも問題の発端は薬の臨床研究(または関わった研究者ら)にあり、処方した医師には責任がない、という態度であったということだろう。今回の幕引きでは、どうしてもそのようにしか、解釈できない。

 残念ながら、論文自体にどのような問題があり、今後同様の問題を防ぐためにはどのようにしたらよいのか、という議論はほとんどなされていない。そして、一斉に幕が引かれると、何事もなかったかのように群衆は消えていく。

歴史は繰り返している。これまでも、このようなことが繰り返されてきたのだろう。


群衆化と逆噴射

 同じような構造は、他の諸問題でもしばしば垣間みられる。
 最近では、猪瀬東京都知事が徳洲会グループから資金提供を受けた問題の一件である。大量得票を得て高い支持を受けていた知事であっても、資金提供疑惑が報道されるやいなや、一斉にバッシングを受けた。高い支持を受けていたからこそ、尚更反動が大きかったのかもしれない。

 群衆化して集団が同じ方向へ一斉に進み、ある時、まるで逆噴射するかのように突然破綻する。その逆噴射の勢いは強大で、誰も止めることはできない。まるで、何者かの掌で踊らされているかのようだ。

 「そのような怪しい人は信用できない」という感情的反応だったのだろう。ここにも一票を投じた都民の責任を問う声はない。


医療も群衆化している

 政治と医療を同じ土俵にのせて比較することが適切ではないことは承知の上だ。ただ、類似の構造があるようにみえてならない。この背後にどのような背景があるのか、考えてみるべきかもしれない。

 「画期的な」薬や診断法が開発される。大きく宣伝され、普及しながら市場から熱烈な支持や歓迎を受ける。そして、医療全体が群衆化して同じような方向へ一斉に進んでいくことは、しばしば経験することだ。そこには、巨額の資金が動いている。

 そして、ある日突然破綻する。信用できないという感情的反応から世間にバッシングされ、市場は急速に萎縮していく。イノセとディオバン、まるで同じ展開だ。

 このような医療の群衆化に問題はないのだろうか。さらには群衆化に加担した臨床医には、責任の一端はないのだろうか。この問題については、さらに考えていきたいものだ。


文献
1. Mochizuki S, Dahlöf B, Shimizu M, et al; Jikei Heart Study group. Valsartan in a Japanese population with hypertension and other cardiovascular disease (Jikei Heart Study): a randomised, open-label, blinded endpoint morbidity-mortality study. Lancet. 2007 Apr 28;369(9571):1431-9.
[Retraction in: Lancet. 2013 Sep 7;382(9895):843.] PubMed PMID: 17467513.
2. Sawada T, Yamada H, Dahlöf B, et al; KYOTO HEART Study Group. Effects of valsartan on morbidity and mortality in uncontrolled hypertensive patients with high cardiovascular risks: KYOTO HEART Study. Eur Heart J. 2009 Oct;30(20):2461-9. doi: 10.1093/eurheartj/ehp363. Epub 2009 Aug 31.
[Retraction in: Eur Heart J. 2013 Apr;34(14):1023.] PubMed PMID: 19723695.


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