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第10回 急増する認知症 


 ちょうどこの記事を書こうと準備していた頃、アルツハイマー型認知症の早期診断・治療を検討する日本の臨床研究J-ADNIで、不適正なデータ処理がなされていたことが報道された。
 ここのところ、臨床研究の不正行為が次々と明るみになっている。これでは、日本の臨床研究にはどこか構造的な問題が潜んでいるのではないか、と考えざるを得ない。

 日本の臨床研究の構造的問題で済めばまだよいほうである。日本の医療にも構造的な問題があるのでは?と危惧する声が上がるのは、時間の問題かもしれない。正直なところ、その辺りは少し心配だ。本当にそうではないと言えるのか、われわれ医療者には明らかにしていく責務があるだろう。


15年間で18倍以上の急増

 確かに、認知症は増加している。図は3年に1回実施されている患者調査の総患者数(過去6回分)をグラフに示したものである。このグラフ以前の統計では、アルツハイマー病は数千人程度の発症しか報告されていない。ところが1996年から一転して増加傾向となり、2011年には36万6千人と報告されている。これは1996年からの15年間においてアルツハイマー病患者数が18.3倍に増加した、という結果である。


図 患者調査による総患者数の推移1

 患者調査は調査日の横断調査であり、患者数はあくまでも推計値である。総患者数は、調査日の推計患者数から調査日外の外来患者数を算式により推計して算出されたものである。そうであるとしても、国内での認知症患者が急激に増加したことは間違いなさそうである。

 このような認知症患者の急増は、高齢化によるものだろうか?

 1995年からの15年間において、65歳以上の高齢者は1.6倍になっている。高齢になるほど認知症発症率が高くなるとはいえ、さすがに高齢化だけを認知症急増の原因とするのは少々乱暴かもしれない。

 認知症が急増した理由が、他にもあるはずなのだ。

 今のところ、アルツハイマー型認知症の原因は特定されていない。少なくとも感染症説は有力ではない。血管性及び詳細不明の認知症は、患者調査ではさほど増加していない。アルツハイマー型認知症だけが増加しているのだ。
 呼称は「痴呆」から「認知症」に変わったが、診断基準に大きな変更はない。それにも関わらず、これほど短期間で蔓延したということは、本来異常事態のはずである。

 それではなぜ、アルツハイマー型認知症だけが急増したのだろうか?

新薬とともに病気が急増する

 1999年は、アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制として初めて承認されたアリセプト(ドネペジル塩酸塩)が発売された年である。
 新薬が発売されると、啓発活動(という名の販売促進)によって、社会の病気に対する意識が高まり、アルツハイマーではないかと心配になった本人や家族が病院を受診する。多くの人が病院を受診し、アルツハイマー型認知症と診断され、アリセプトが投与されたのが一因ではないだろうか。

 画期的な新薬は患者に福音をもたらす。効果が優れ、副作用がない画期的な薬であれば、歓迎されるべきことであろう。ドネペジル塩酸塩は日本人によって開発された薬でもあり、たくさんの患者やその家族に救いの手を差し伸べてきたことに違いはない。2011年には医療用医薬品で国内年間売上高首位(1442億円)となったことからも、アリセプトの期待の高さが伺える。

 アリセプトが必要だから、アルツハイマーと診断する。

 一体、そのどこに問題があるというのか。


文献
1. 患者調査|厚生労働省
  http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/10-20.html.
2. 名郷直樹. 医療化の功罪. 精神科治療学 28(11): 1401-1406, 2013.


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