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第7回 酸素を投与する「しくみ」
「SpO2が低いので、酸素を使っていいですか?」
看護師からしばしばこのような指示確認がなされることがある。パルスオキシメーター(パルオキ、パルスなどと略される)による酸素飽和度SpO2(サチュレーション、サットなどと略される)の数値が低いと、低酸素状態が予想されるためである。時によっては「酸素投与を開始しました。」という指示確認になることもある。
いずれにせよ、酸素を使うかどうかの確認ではなく、酸素を使うことが前提となっている確認なのだ。救急外来や集中治療室などの設定に限らず、一般病棟や外来診察室、介護施設から在宅医療の現場まで、毎日この質問は飛び交っている。
もちろん、これに対する返答は、ほとんどの場合「はい」ではない。「◯リットル/分でお願いします」という酸素流量の指示だ。在宅医療の現場では在宅酸素療法(HOT、ホットと略される)の導入を検討するかもしれない。しかしながら、「酸素を使ってはいけません」という指示がなされることは、おそらく少ない。
酸素が足りない、だから酸素を投与する。至極当然で、あまり疑問も持たないようなことかもしれない。酸素がない生活など、考えられないからだ。感情的には、低酸素状態なのに酸素を与えないでいるなんて、そんなひどいことはできない。そして、患者の意思とは関係なく、半ば強制的に鼻カニューレやマスクで酸素投与が開始される。
しかし、本当にそれでよいのだろうか?ここで二つの論文を紹介したい。
終末期での酸素
まず最初は、終末期患者を対象とした、2010年のランダム化比較試験である1, 2。著明な低酸素血症をきたしていない終末期の外来患者に対して、酸素投与(在宅酸素療法)を行うと、空気投与に比べて呼吸困難感の自覚症状は改善するか、を検討したものである。
投与前と投与後7日目の時点での自覚症状スコア(0~10の11段階)の変化は、朝では酸素投与群では0.9点(20%)改善、空気投与群では0.7点(15%)改善とほぼ同等であった。夕でもそれぞれ0.3点(7%)改善、0.5点(11%)改善と同等であった。
終末期患者に対して空気を投与するのと比べて、酸素投与しても呼吸困難感が改善することはない、という結論になっている。せめて苦しまないように、と酸素を与えても、実はさほど効果がないかもしれないという結果だ。
心筋梗塞での酸素
次に紹介するのは、急性心筋梗塞を発症した患者を対象とした、酸素投与に関する2013年のメタ分析3である。急性心筋梗塞の発症24時間以内の患者に対して、酸素投与をすると、空気投与と比べて院内死亡が少ないか、を検討したものである。主要な結果は表のとおりだ。
表 酸素投与の効果(文献3より作図、O→Outcome E→Exposure C→Comparison)
質の高い3つのランダム化比較試験のみを統合して報告している。空気投与に比べて、酸素投与すると院内死亡が2倍以上多い傾向にある、という想定外の結果となっている。
このような検討をした研究自体がまだ3研究しかないため、症例数(分母)も発生数(分子)も少ないのは、このメタ分析の残念なところではある。今後のさらなる研究が待たれるところだ。しかし現状では、急性心筋梗塞の急性期でさえも、酸素を投与することが安全とは限らないと、著者らは問題提起をしている。
医療を強制する「しくみ」
良かれと思って投与している酸素が、効果がないばかりか有害になる場合があるかもしれないということを、二つの科学的知見は示唆している。しかし、低酸素状態とわかると、まるでプログラムされていたかのように、すべての医療事従事者が迷うことなく同じ判断で、酸素投与が開始されている現状がある。
科学的知見は多様性の中にあるのに、まるで確固たる効果があるように、一様に医療を強制する「しくみ」ができているかのようだ。
医療行為のなかで、このようなことは往々にしてみられることだ。これまで紹介したものをふりかえってみても、健康診断(第2回)、肥満(第3回)、脂質異常症(第5回)などはその好例だ。診断する、減量する、脂質降下薬を投与する、という医療を強制する「しくみ」があるかのように思えてくる。
誰がどのように決めた「しくみ」なのか、とても不思議だ。そして、その「しくみ」が日常のルーチンワークの中に埋もれながらデフォルトとして浸透していき、無批判のまま使われ続けている。
このような「しくみ」がどのように形成され、定着していったのだろうか。そこに切り込むことで、何かわかることがあるのかもしれない。
われわれは、象に少し近づいているような気がする。
文献
1. Abernethy AP, McDonald CF, Frith PA, et al. Effect of palliative oxygen versus room air in relief of breathlessness in patients with refractory dyspnoea: a double-blind, randomised controlled trial. Lancet. 2010 Sep 4;376(9743):784-93. PubMed PMID: 20816546.
2. CMECジャーナルクラブ編集部.自宅で末期療養中に、酸素投与をしたほうがよいですか? CMECジャーナルクラブ 2011-2-7
http://www.cmec.jp/cmec-tv/products/detail.php?product_id=57
3. Cabello JB, Burls A, Emparanza JI, Bayliss S, Quinn T. Oxygen therapy for acute myocardial infarction. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Aug 21;8:CD007160. doi: 10.1002/14651858.CD007160.pub3. PubMed PMID: 23963794.