Tweet
第2回 健康診断を受けないことは不健全か
象については何かしら書けるかもしれない、ならば少し書いてみよう、と始まったこの連載。正直うまく書いていけるかどうかわからない。というのも、象とは何のことなのか、書いている私もまだはっきりとしたイメージを持っているわけではないのだ。
ただ、文章化することで、その漠然としたイメージが徐々に明らかになっていくのではないか、という根拠のない確信があることだけが救いだ。
象の体は堅くてごつくてとてつもなく大きい。もし朝起きて、自分の体が象になっていたら・・・。どのようにしてあの巨体を動かすことができるのか、とても想像できない。
もし、そんな象が毎日診察室に現れているとしたら・・・。
象は診察室に現れている、そこがこの連載の出発点だ。動物園の象舎じゃないんだから、ここには象なんかいない、という意見もあるだろう。ここではひとまずその意見に対する反論はせずに進む。象が本当にいるのかどうかについても、これから一緒に考えていきたいからだ。
もし、その象がどこかに隠れていたり、見えなかったりするとしたら・・・。
とてつもなく大きな象が、あなたには見えていないだけかもしれないのだ。あるいは、本当は見えているのに、覚えていないだけなのかもしれない。
象はのっしのっしと歩き、巨体をくねらせながら、診察室を暴れまわっている。そんな象の姿に思いを馳せながら、記憶を辿ってみたい。
「健康診断はあまり受けていないんです、すみません。」
健康診断は診察室でよくみられる風景だ。予防活動は医師の日常業務のうちで、一定の割合を占めている。われわれのクリニックでは、予防業務は30.6%を占めている(2013年3月現在)。むしろ主要な業務のひとつといってもよい。なぜならそれは「重要」だからだ。きっと。
日本中の多くの人は、健康診断を受けることは重要なことだと信じて疑っていない。もちろん、病気にはかからないほうがいい。苦しい思いをするのは勘弁してほしいし、死んでしまうのはまだ御免だ。
かといって、健康診断を受けないことは、謝らなければならないようなことなのだろうか。
「健康診断を毎年受けているんです、すみません。」
そう言う人はほとんどいない。「健康診断を受けていることが善、受けていないことが悪」といった構図が日本人には刷り込まれているようだ。まるで教科書のどこかに書いてあるかのように。
それでは、健康診断はそれほど長寿に貢献しているのか? この疑問を検証するために、世界の健康診断に関する14研究を集めたメタ分析が2012年に発表されている1。
総勢155,899人(9ランダム化比較試験、中央値9年)の結果を統合したところ、総ての原因による死亡(総死亡)については、健康診断を受けた場合(7.4%)と受けない場合(7.5%)とでは、ほぼ同等であった(相対危険 0.99、95%信頼区間 0.95~1.03)。
心血管疾患による死亡やがんによる死亡についても、健康診断を受けても受けなくてもほぼ同じ、という結果であった。
表 健康診断の効果(文献1より作図、O→Outcome E→Exposure C→Comparison)
この研究からは、健康診断を受けていれば長生きになる、というのは幻想にすぎなかった、という衝撃的な結論が得られている。
このような科学的知見が発表されても、医療現場には何ら大きな変化は起こらない。毎日、全国の診察室では健康診断が行われている。健康診断の効果が繰り返し、繰り返し吹聴されている。大きな労力を払って。
もちろんこの結果から、ただちに健康診断には効果がないと断言するつもりはない。あくまでも健康診断によって死亡は予防できない、ということがわかっただけだ。
そのことは、さして重大なニュースではない。ただそれだけのことなのだろう。
人は不健全な生活を送っている。誰しも心当たりがあるはずだ。健全な暮らしができていると自信を持って言える人なんて、それほどいないはずだ。
そもそも、健全な暮らしってどんな生活なのだろう。
「不健全な生活をしているんです、すみません。」
なぜか、そんなふうに言う人も少ない。診察室では不健全な生活を反省せずに、健康診断を受けないことを反省する。
よく考えてみると、ちょっと不思議なことだ。
文献
1. Krogsbøll LT, Jørgensen KJ, Grønhøj Larsen C, et al. General health checks in adults for reducing morbidity and mortality from disease. Cochrane Database Syst Rev. 2012 Oct 17;10:CD009009. PubMed PMID: 23076952.