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第14回 摩擦を生む医療 



 摩擦を生まないデザイン

2011年のクリニック開院前、ロゴのデザインをとある著名なアートディレクターに依頼した。クリニックのコンセプトについて説明しているうちに、だんだんロゴのイメージが作り上げられていくようだった。

 

クリニックのコンセプトはほぼ決まっていた。これまで「へき地」で取り組んできた医療(最近ではこれを家庭医療や総合診療と呼ぶようになっている)そのものを、都市部で実践することだ。乳児から高齢者まで幅広い年代の人が利用すること、臓器別診療科にこだわらず様々な健康問題について相談すること、朝から夜までなるべく長い時間診療すること(実際には、月曜から土曜の午前8時から午後10時まで)、訪問診療を行うこと(24時間対応)、科学的根拠に基づく医療(EBMと呼ばれている方法)を実践することなど、開院する前からこだわりが続々。

 

 こんなコンセプトをロゴに、という要望に、アートディレクターの一言が印象的だった。

 

「いろいろな問題をかかえる幅広い年代の人が利用するということで、ロゴは『摩擦を生まないデザイン』がいいと思います。」

 

 ここで言う「摩擦」とはたぶん、相手との関係に生じる抵抗・反発や緊張状態のことであろう。看板のロゴを見た相手に抵抗・反発や緊張状態を生んでしまっては、せっかく利用してくれそうだった顧客が、やめて帰ってしまうかもしれない。きっとそのようなことがないように、との配慮なのだろう。いや、それとも摩擦がなくなると、次々気軽に立ち寄れる場所になっていくのだろうか。

 

もちろん、どうすれば摩擦を生まないデザインになるのかについては、まったくわからない。おそらく企業秘密だ。

 

 

 わかりやすさは必要?

 

わかりやすいことは、万人に理解されやすいということだろう。難しいことをわかりやすいデザインでうまく伝えられるとしたら、それは素敵な能力だ。

 

私たちは、ついデザインにはわかりやすさを追求してしまいがちだ。絵で物事はわかりやすくなると、無意識のうちに思い込んでいるのだ。

 

しかし、実際にはそうではないこともある。わかりやすい絵で、本当にわかるようになっていないかもしれないのだ。それなのに、本当にわかっているかどうかはさておき、わかりやすい表現でわかったつもりになり、満足してしまっている。

 

このような世の中の風潮を、かのアートディレクターは「『わかる』ことから『わかりやすさ』が分離しつつある」と表現している1

 

 わかりやすく伝えることで、一体何をしたいのか。本来はそこが重要なのだ。

 

 看板と患者の間に摩擦を生まないほうがいいのと同様、患者と医師の間にも、摩擦はないほうがいい。お互い気持よく、病院にかかりたいものである。

 

 もちろん、医師と医師など、医療従事者間でもそうだろう。お互い気持ちよく、仕事をしたいものである。

 

 それでは、摩擦をなくすることで、私たちは一体何をしたいのか。気持よく仕事をしたいだけなのだろうか?

 

 

 医療満足度が高いと総死亡が多い

 

 ここで、2012年に発表されたひとつの研究を紹介する。36,428人を対象に、医療に対する患者満足度と予後の関連を調査した前向きコホート研究2である。調査開始年に患者満足度調査を行い、平均3.9年の追跡期間中の救急受診、入院、医療費、総死亡との関連を検討したものである。

 

 最も患者満足度の高かった上位4分の1では、最も満足度の低かった下位4分の1に比べて、以下のような結果であった。

 

  ・ 救急受診が少ない(調整ハザード比 0.92, 95%信頼区間0.84-1.00)

  ・ 入院が多い(調整ハザード比 1.12, 95%信頼区間1.02-1.23)

  ・ 医療費が多い(8.8%、95%信頼区間 1.6%-16.6%)

  ・ 処方薬剤費が多い(9.1%、95%信頼区間 2.3%-16.4%)

  ・ 総死亡が多い(調整ハザード比 1.26、95%信頼区間 1.05-1.53)

 

 

表 患者満足度と総死亡の関係(文献2より抜粋)

 

 
 患者満足度が最も高い患者集団は、救急受診が少ないものの、入院、医療費、薬剤費が多くなっており、さらには総死亡が多いという特徴がみられた。

 

 医療を望む人たちは過剰に医療を受け、結果的に総死亡が多くなっている可能性はないだろうか。この結果をふまえると、ただ満足度が高ければいい医療だ、という考えは捨てる必要があるかもしれない。

 

 

 摩擦を生む医療

 

 摩擦を生まない、わかりやすい、満足度が高い。この3つには共通項があるのではないだろうか。

 

摩擦の少ない看板を見て、気軽に医療機関を受診してもらう。わかりやすい、丁寧な説明で納得した上で治療を受ける。そして、最先端の治療や新薬をもらい、患者は満足して帰宅する。その先にあるのは、早まる死かもしれない。

 

果たして、摩擦を生まない医療は良質といえるのだろうか?いくら医療が優しくても、結果的に死期を早めていたとするなら、本末転倒である。

 

医療機関にはかかりづらく、説明もわかりにくく、治療を受けるのはこわいところのほうが、患者満足度が低くても過剰な医療からは逃れられるのかもしれない。

 

本質的に医療には摩擦がなければ、患者安全が保たれないのかもしれない。質の高い医療には、摩擦がつきものだ。このようにコトバにしてみると、少しすっきりする。

 

これからは、摩擦を生む医療について、少し考えてみたい。

 

 

文献

1.   寄藤文平. 絵と言葉の一研究 「わかりやすい」デザインを考える. 美術出版社, 東京, 2012

2.   Fenton JJ, Jerant AF, Bertakis KD, Franks P. The cost of satisfaction: a national study of patient satisfaction, health care utilization, expenditures, and mortality. Arch Intern Med. 2012 Mar 12;172(5):405-11. PubMed PMID: 22331982.

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