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第13回 商い的医療
毎日診察室にあらわれている象は、どのような正体なのか。
おぼろげながら、その全体像がぼんやり見えてきたように思える。
画期的な効果が期待される新薬が発売された。薬は飛ぶように処方された。
その後、長らく使い続けられ、多くの人々が恩恵を受けた。
ところが、ある時、重大な副作用がみられることが発覚した。
新薬は発売されてしばらくしてから、重篤な副作用があることがわかることもある。新薬には稀な副作用があるかもしれない、というリスクがつきものなのだ。
長らく使われてきた薬に比べて、新薬の安全性は見劣りするのだが、なぜか値段は高い。
しかし、これはまだ健全な姿かもしれない。
ところが、ある時、薬の効果がはっきりしないことが判明した。
その後も、長らくひっそりと使い続けられている。
効果がはっきりしないことが判明した後も、画期的な効果があるものと思い込んだまま、処方しつづけられることがある。このような薬は意外と多い。
代表的な例は脳代謝賦活薬・脳循環改善薬などの一群の薬だ1。脳梗塞後遺症を改善する、という効能で保険適応となり、長らく使われ続けたが、1998~99年に「期待される効果が得られない」として、保険適応が取り消された。今ではほとんど使われていない。
効果があるという情報は宣伝され、瞬く間に広がる。しかし、効果がなかったという情報はなかなか伝わらないものだ。
著名な医学雑誌に論文として掲載されても、簡単には処方は変わらない。長年処方してきた薬の効果がなかったという情報は、すぐには受け入れられるものではない。一度身についた習慣は、なかなか変えられなくなるものでもある。
そして、処方は誰にも止められなくなる。
入口の情報だけが示され、出口は示されていない。
薬の選択は宣伝に操作されていることの裏返しかもしれない。
効果は拡大解釈される
薬の効果は拡大解釈されるものである。「効果がありそうだ」、「薬の切れがいい」、などという臨床医の意見は、(偏見に満ちた)主観的な効果の判定にすぎず、科学的な言説ではない。
臨床医には効果を過大評価し、副作用を過小評価する傾向があるのかもしれない。それが新薬となると、さらに目が眩むようだ。しかし、実際に検証してみると、予想外の結果だったりする。
一般消費者にもこの傾向はあるだろう。新しい薬がみな好きなのだ。そして効果は拡大解釈されていく。
たとえば、グルコサミンは膝に良さそうだ、という市場の雰囲気がある。もはや雰囲気というより確信といってもいい。このような雰囲気や確信は、宣伝の効果なのだろうか(もちろん、商品自体は効能をうたっていない)。
変形性膝関節症・股関節症に対して、コンドロイチンの有効性を検証した代表的な研究2をひとつ紹介する。これは、質の高い10研究のデータをひとつに統合したメタ分析(対象者3,803人、ネットワークメタ分析)の結果である。
図 グルコサミン、コンドロイチン、グルコサミン+コンドロイチンの効果(文献2より)
痛みスケール(10点満点)ではプラセボとほとんど差がない。
他の同様の研究でも一貫して、グルコサミンの効果は限定的である。さらには、企業が資金提供した研究では、より効果が大きくなる方向に振れていたことも指摘されている。
効果が少ないことが科学的に明らかになってからも、市場から大きな評価を受けつづけることがある。いささか不可解な現象だ。
薬は商売とは切っても切れない関係になっている。そして、医療もまた然り。
文献
1. 名郷直樹、南郷栄秀. 基礎から学べる!EBM. 医学出版, 東京, 2014
2. Wandel S, Jüni P, Tendal B, Nüesch E, Villiger PM, Welton NJ, Reichenbach S, Trelle S. Effects of glucosamine, chondroitin, or placebo in patients with osteoarthritis of hip or knee: network meta-analysis. BMJ. 2010 Sep 16;341:c4675. Review. PubMed PMID: 20847017; PubMed Central PMCID:PMC2941572.