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第12回 認知症のことは忘れたい 


 

国立社会保障・人口問題研究所1によると、65歳以上の老年人口(老年というのが適切な呼称かどうかはさておき)は、平成22(2010)年では2,948万人。推計人口では、平成32(2020)年には3,612万人へと増加し、平成54(2042)年に3,878万人とピークを迎える。

日本全国では向こう30年で老年人口が900万人以上、関東地方だけでも400万人以上、東京都は140万人増加する見通しだ。

 

近い将来、高齢者とともに認知症患者も急増するに違いない。

 

認知症患者が列車にはねられ死亡した愛知県の事故で、名古屋高裁は妻に監督責任を認め損害賠償を命じる判決が出たことは記憶に新しい。認知症が原因で徘徊し、家族らが行方不明者として警察に届け出た人の数が2012年に全国でのべ9,607人にのぼり、そのうち約180人が行方不明のままになっているそうだ。

 

これから日本はどうなっていくのだろうか。

 

 

正義の思考回路

 

ついつい不安に駆られて、「今のうちに何かできることはないのだろうか?」と思ってしまう。ここに罠が待っている。認知症の人をなるべく早く発見して、捕まえようとしてしまうからだ。

 ●将来問題になるとわかっているなら、早く予防対策を立てたほうがよい。

 ●早期発見は、きっと社会に役立つはずだ。

 

このような論理で、まだ確固たる対策がないにもかかわらず、まるで正義であるかのように認知症探しがはじまる。このような現象(仮にこれを「正義の思考回路」と名付けておこう)は認知症に限ったことではない。

 

しかし、将来予測や不安に基づいた対策が必ずしも正しくないことは、すでに歴史が証明している。「正義の思考回路」は、医療従事者の特徴でもあり、悪い癖なのかもしれない。

 

イギリスでは認知症の診断率に地域間格差が大きいため(診断率を地域単位で把握できているということは驚くべきシステムなのだが)、診断率の低い医師名を公表し、認知症診断率向上につなげようとする対策に乗り出すと発表。家庭医からは、認知症の過剰診断につながるとして、異論の声が上がっている2

 

 認知症の診断率が高いことは、本当によいことなのだろうか。認知症診断の先には一体何があるというのか3

 

「正義の思考回路」は日本だけで起きている問題ではないようだ。

アリセプトが必要だから、アルツハイマーと診断する。

確かに、世界中が薬まみれの世界に向かっているようにしか思えない。

 

 

認知症患者数が上方修正?

 

 前回記事(第11回参照)をご覧いただきたい。では2020年までの認知症患者数は292万人となっていたが、厚生労働省のウェブサイト4では「2020年には325万人まで増加すると推計されている」とある。

いつの間にか292万人から325万人へ、認知症患者推計値が上方修正されたようだ。

 

いたずらに不安を煽られているように見えなくもない。本当に認知症患者数はこんなに多くなるのだろうか?

 

これまで報告された国内の主な疫学調査結果を表に示す。

 

表 国内の疫学調査による認知症有病率5

調査年

報告者、地域

対象者

認知症有病率

1985

Kawano、福岡県久山町

65歳以上、887

6.7%

1987-88

福西、香川県三木町

65歳以上、3,754

4.1%

1991-1992

Ishii、宮城県田尻町

65歳以上、2,352

8.0%

1992-96

Yamada、広島県

60歳以上、2,222

7.2%

1994

中島、京都府

65歳以上、2,280

4.8%

1995

Hatada、長崎県

60歳以上、4,368

6.2%

1997-1998

Ikeda、愛媛県中山町

65歳以上、1438

4.8%

1997-1998

中村、新潟県糸魚川市

65歳以上、7,847

10.6%

1998

Yamada、京都府網野町

65歳以上、3,715

3.8%

 

 これまでの報告では、調査年や対象者によりやや異なるものの、認知症有病率は4~11%程度となっている。

 

認知症患者推計の根拠として最近よく引用されているのは、2009年~2011年度に厚生労働科学研究費補助金(認知症対策総合研究事業)により全国10地域で実施された横断調査5(無作為標本抽出または悉皆調査)の結果である。

この報告書によると、認知症の全国有病率推定値は15%となり、2010年における全国の認知症有病者数は約439万人(95%信頼区間350-497万人)と推定された。

 

これまでの調査結果と対比すると、この横断調査では著しく高い認知症有病率となっている。実数で数えることができない仮想の認知症患者数がどんどん増えていく。

報告書ではこのような結果となった要因として、高齢化率が高くなっていることのほかに、過去の調査が家族・本人への生活状況の聞き取り調査の結果が用いられているため有病率が過小評価された可能性を指摘している。

 

診断基準によって有病率が大きく変動することは、すでに指摘されている6認知機能評価を厳密にやれば、認知症が増える。ただそれだけのことかもしれないのだ。

 

何のために認知症を探すのか?「正義の思考回路」で拾い上げすぎてはいないだろうか?臨床的に意義のある評価方法なのか、医療従事者こそよく熟慮する必要があるだろう。

 

 

何もしないという選択肢

 

「ボケるのが心配で」

「人様に迷惑はかけたくない」

「このままお迎えにきてくれればいいのに」

 

診察室でよく耳にするフレーズだ。人々は認知症に怯え、今から何かできることはないかと彷徨い続ける。これはむしろ、啓発活動の効果なのかもしれない。

 

運命は誰にもわからない。いっそのこと認知症のことは忘れて、検査も予防も治療も何もしない、という選択肢はないのだろうか。そのほうが、ひょっとしたら明るい未来なのかもしれない、と楽観的に考えてみたい。

 

 

文献

1.  将来推計人口・世帯数|国立社会保障・人口問題研究所

http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Mainmenu.asp

2.   Brunet M. Targets for dementia diagnoses will lead to overdiagnosis. BMJ. 2014 Apr 1;348:g2224. doi: 10.1136/bmj.g2224. PubMed PMID: 24690626.

3.   名郷直樹. 医療化の功罪. 精神科治療学 28(11): 1401-1406, 2013

4.   みんなのメンタルヘルス|厚生労働省

http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_recog.html

5.   朝田隆. 厚生労働科学研究費補助金 認知症対策総合研究事業:都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応. 総合研究報告書 2013年3月.

6.   Erkinjuntti T, Ostbye T, Steenhuis R, Hachinski V. The effect of different diagnostic criteria on the prevalence of dementia. N Engl J Med. 1997 Dec 4;337(23):1667-74. PubMed PMID: 9385127.


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