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第11回 迫りくる認知症の恐怖 


 

 毎月のように科学論文の捏造疑惑が報道され、話題になっている。先月は、理化学研究所へ飛び火した。このような急展開を誰が予想できただろうか。

もちろん、ここではSTAP細胞が存在するのかどうかを論じるつもりはない。しかし、前回(第10回参照)も指摘したが、やはりどうも日本の科学研究全体に構造的な問題があるのではないだろうか。日本の科学は曲がり角にさしかかっている。

 

STAP細胞では、またも群衆は逆噴射した。繰り返されるデジャヴ―「イノセとディオバン」と同じ構造だ(第9回参照)。まるで何者かの掌で踊らされているかのようだ。熱烈な支持や歓迎を受けた後には、気をつけたほうがいい。何かが待っている。

 

 おっと、診察室から少し離れてしまった。ここからは、前回のつづきである。

 

 

幻の画期的新薬

 

 アリセプトはどれほど効果のある薬だったのだろうか。まずはここから検証しておきたい。ひとつの研究結果では信憑性が心配になる昨今、質の高い研究を複数統合したメタ分析まで確かめておきたいところだ。幸いにも、アリセプトが属するコリンエステラーゼ阻害薬のメタ分析は複数発表されている1-6。代表的なものを表に示す。

 

表 アルツハイマー型認知症に対するコリンエステラーゼ阻害薬の効果

メタ分析
[
統合研究数]

評価尺度
(満点スコア)

スコアの差
[95%CI]

Birks (Cochrane, 2006) 1
[13
研究]

ADAS-Cog

認知機能尺度(70点満点)

-2.7
[-3.0-2.3]

MMSE

認知機能尺度(30点満点)

-1.4

Kaduszkiewicz (BMJ, 2005) 3
[22
研究]

ADAS-Cog

認知機能尺度(70点満点)

-1.5-3.9

Trinh (JAMA, 2003) 4
[29
研究]

Neuropsychiatric Inventory

精神症状評価尺度(120点満点)

-1.72
[-0.87-2.57]

ADAS-noncog

非認知機能尺度(50点満点)

-0.03
[0-0.05]

 

軽症~中等症のアルツハイマー型認知症に対して、コリンエステラーゼ阻害薬を投与すると、投与しない場合と比べて、認知機能尺度では70点満点でたった3~4点の差に過ぎなかった

これを劇的な効果と呼んでいいだろうか。実は驚くほど効果は小さかったのだ。残念ながら、この結果はどの研究でも一貫しているようだ。

 

 さらに別の研究では、コリンエステラーゼ阻害薬を42人に投与すると1人の割合で著しい効果が認められるが、副作用は12人に1人の割合(8%)で発生し、失神は1.53倍になるなど副作用を懸念するメタ分析がこれまで複数発表されている。

 

画期的な新薬は、幻だったのか。

 

少なくとも現状では、アルツハイマー型認知症を早期に発見して治療を開始する意義は乏しい。それでは、何のために啓発活動をしてまで診断を急がなくてはならないのか?

 

繰り返す。アリセプトが必要だから、アルツハイマーと診断する。一体、そのどこに問題があるというのか。

 

 

迫りくる認知症の恐怖

 

 これから日本では認知症高齢者が急増するとの試算がある。超高齢化社会では避けられない未来だ。

 

それでは一体、どのくらい多くなるのか?ひとつの試算を紹介したい。

 

図 認知症を有する高齢者の将来推計

 


 厚生労働省の推計によると、すでに2010年には226万人もの認知症高齢者が存在していることになる。

 

厚生労働省のウェブサイト8によると、「専門家の間では、すでに65歳以上人口の10%(242万人程度)に達しているという意見もある。今後、高齢者人口の急増とともに認知症患者数も増加し、2020年には325万人まで増加すると推計されている。」とのこと。

 

まさしく、認知症の爆発的増加は差し迫った問題、迫りくる恐怖である。

 

 

文献

1.      Birks J. Cholinesterase inhibitors for Alzheimer's disease. Cochrane Database Syst Rev. 2006 Jan 25;(1):CD005593. Review. PubMed PMID: 16437532.

2.      Birks J, Harvey RJ. Donepezil for dementia due to Alzheimer's disease. Cochrane Database Syst Rev. 2006 Jan 25;(1):CD001190. Review. PubMed PMID: 16437430.

3.      Kaduszkiewicz H, Zimmermann T, Beck-Bornholdt HP, van den Bussche H. Cholinesterase inhibitors for patients with Alzheimer's disease: systematic review of randomised clinical trials. BMJ. 2005 Aug 6;331(7512):321-7. Review. PubMed PMID: 16081444; PubMed Central PMCID: PMC1183129.

4.      Trinh NH, Hoblyn J, Mohanty S, Yaffe K. Efficacy of cholinesterase inhibitors in the treatment of neuropsychiatric symptoms and functional impairment in Alzheimer disease: a meta-analysis. JAMA. 2003 Jan 8;289(2):210-6. Review. PubMed PMID: 12517232.

5.      Lanctôt KL, Herrmann N, Yau KK, Khan LR, Liu BA, LouLou MM, Einarson TR. Efficacy and safety of cholinesterase inhibitors in Alzheimer's disease: a meta-analysis. CMAJ. 2003 Sep 16;169(6):557-64. Review. PubMed PMID: 12975222; PubMed Central PMCID: PMC191283.

6.      Kim DH, Brown RT, Ding EL, Kiel DP, Berry SD. Dementia medications and risk of falls, syncope, and related adverse events: meta-analysis of randomized controlled trials. J Am Geriatr Soc. 2011 Jun;59(6):1019-31. PubMed PMID: 21649634; PubMed Central PMCID: PMC3260523.

7.      名郷直樹. 医療化の功罪. 精神科治療学 28(11): 1401-1406, 2013

8.      みんなのメンタルヘルス|厚生労働省

http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_recog.html


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