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第5回 COIを巡って:研究と出版の倫理

宮崎: 前回の研究と出版の倫理では、research integrityについてお話いただきました。今日は、COI(conflict of interest:利益相反)について、教えていただきます。研究の倫理に関するニュースが続いていますね(2013年9月12日時点)。

中山: 続いていますね。

宮崎: 研究費の不正使用は、今日お話しいただくCOI以前の問題だと思います。ところで、この頃COIは学会発表などでも報告するようになりました。企業からお金をもらったかとか、株を持っているかとか聞かれて、私はすべて“none”なんですが。

中山: COIは、英語のConflict Of Interestの頭文字をとってCOI(シーオーアイ)と呼ばれています。利益相反は、競合利益、利害衝突とも呼ばれることがあります。最近はCOIが一般的になりました。
米国医学研究所ではCOIを「一義的な関心における専門的判断や行動が、二義的な関心・利益によって不当に影響されるリスクを生じる状況」と定義しています。

宮崎: 研究の結果が、他のことに影響されてしまう危険性ということですか?

中山: そう。COIは、いわゆる金銭的な授受だけでなく、研究用のサンプルや、分析サービス、技術支援でもあります。また研究費だけでなく、「個人的、信条的、専門的な相違」でも生じます。例えば、ライバルの査読者には個人的なCOIが生じることもあるでしょう?

宮崎: そうですね。peer reviewですから、同じテーマの専門家が査読することもありますね。広い意味でのCOIですか・・。

中山: そうですね。しかし、医学研究で影響が大きいのは企業との関係です。
企業と大学などの研究者の共同プロジェクトが、産学連携や産学共同研究として行われています。Barnesらは、受動喫煙に関する論文106編から、その危険性を認めていなかった39編を分析しています。39編の著者のうち29人(74%)がたばこ会社から研究資金を得ていたのです。この結果から、Barnesらは論文の公表時に研究資金を明らかにするよう言っています(Barnes,JAMA,1998)。

宮崎: 人間、お金をもらっていれば、スポンサーの意向には弱いですね。でもCOIを開示すれば、読者も論文が結論付けている意味について考えられます。

中山: そう、COIは研究の客観性を損なう場合があります。
しかし、ラング先生も言っているように「利益相反は、非論理的あるいは不適切な行為がそこから生じない場合でも存在します。また、そのような相反があるだけでは、不正行為を意味するものではありません」(『トム・ラングの医学論文「執筆・出版・発表」実践ガイド』p.201)。大事なことは、COIが無いことではなく、きちんと報告されているかどうかなんです。報告されていないCOIは、研究結果の潜在的なバイアスになりますから。

宮崎: きちんと報告することですね。毎年大学からも調査票が回ってきています。

中山: 厚生労働科学研究の指針では「外部との経済的な利害関係等によって、公的研究で必要とされている公正かつ適正な判断が損なわれる、または損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態」と記されています。(http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/rieki/txt/sisin.txt
ちょっと奥歯にものの挟まったような言い方をしています。

宮崎: 「公正かつ適正な判断が損なわれる」だけでなく、「損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明」、それも「されかねない事態」まで含まれるのですね。

中山: そうです。第三者がどう捉えるかまで含まれているわけです。研究資金の流れの透明性と、研究者の科学者としての公正さ、これは前回お話したresearch integrityの大きな課題の一つ言えるわけです。
日本医学会は2011年に「医学研究のCOIマネージメントに関するガイドライン」(http://jams.med.or.jp/guideline/coi-management.pdf)を公表しました。会員が所属学会で発表するときに研究内容に関連する企業との金銭的な関係を開示して、研究結果などの発表を行うことを基本方針としています。それで研究の中立性を担保するのです。このガイドラインを基盤として各学会がルールを作っています。

宮崎: それで、学会発表のたびにCOIを聞かれるようになったのですね。株の所持なんて全く違う世界のことのようですが・・。

中山: それぞれの所属する研究機関や学会、または公的な委員会、そして投稿先のジャーナルのルールに従って、報告をする必要があります。
さらに言えば、COIも「研究者側からの自己申告だけ」ですむ状況ではなくなりつつあるのです。米国のサンシャイン条項を聞いたことがありますか?

宮崎: えー、たしか企業のほうからも誰にいくら支払ったのか公表するということでしたか。

中山: そうです。金銭的なやり取りは、研究費だけではないでしょう。講演料や顧問料とかでも発生しますね。そういう金銭の授受を、企業の方から誰にいくら支払ったと開示するのです。
米国で2010年3月に成立した米国医療保険改革法のサンシャイン条項は、企業から医師に対するあらゆる10ドル以上の提供:研究費だけでなく、食事や謝礼、物品提供、ライセンスまでが政府への報告対象となっていて、政府はその報告を一般公開するとされています。
その米国の動向を踏まえて、日本では、そのような法律はありませんから、日本製薬工業協会(製薬協)が自主ルールとして「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」(http://www.jpma.or.jp/about/basis/tomeisei/pdf/tomeisei_gl.
pdf
)を2012年に公表しました。すでに企業スポンサーの講演会での講師依頼などで、サインをされた方も多いと思いますが、サンシャイン条項を模して、企業側から医師・研究者との関係を開示しようとしたものです。当初、製薬協のガイドラインは、医師・研究者との事前の協議が不十分ということでかなりの反発がありました。その後、日本医師会、日本医学会、全国医学部・病院長会議と日本製薬工業協会の協議の結果として、2013年6月に日本医学会から「製薬企業主催・共催の招聘講演にかかるCOI開示について」という文書が公表されました。公表対象となっているのは、A.研究開発費、B.学術研究助成費、C.原稿執筆料、D.情報提供関連費、E.その他の費用(接遇等)ですが、そのうちのまずCの開示が平成26年度から実施、すなわち企業のウェブサイトで公開される予定です。

宮崎: 受け取った方からの自己申告だけでなく、支払ったあるいは渡した方からも報告するのなら、透明性は担保できますね。でも、双方で違っていたら混乱しそう・・・。

中山: きびしい「ウォッチャー」の目に触れることも、増えていく可能性はありますね。ただ、マスメディアはじめ社会の人々に誤解されないように説明しなければいけないことは、医師や研究者と企業の関係がすべて「悪」なのでは決してない、ということです。企業との関係によって、明らかに科学活動・医療行為の公正さを損なうような事態が生じた場合を“actual COI”と言いますが、受託研究をしているとか寄付講座を持っている、または有償のコンサルタントを引き受けている、というだけでは“apparent COI”状態であり、“actual COI”は生じていないわけです。さらに一歩手前は、“possible COI”といい、COIが生じる潜在的可能性がある(微妙な)関係という段階もあります。COIマネジメントは、COIを“possible”や“apparent”の段階にとどめ、“actual COI”にまで至らせないための、そして“possible”や“apparent”の状態から発せされる情報を第3者が注意深く見極めていくための仕組み作りとも言えるでしょう。COIマネジメントのポリシーの明確化は、医師や研究者が社会からの信頼を失わないための最も重要なルールのひとつです。

宮崎: 信頼を失わないためのルールですね。はい、きちんと報告します。ここ数年の間に医師や研究者と、企業との関係も大きく変わってきましたね。社会の変化や動きに関する情報も適切にキャッチし、また発していきたいと思いました。ありがとうございました。