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第6回 自分の足元を見つめる:研究と出版の倫理

宮崎: 先生、先生、科学技術振興機構http://www.jst.go.jp/というところから、「研究者のみなさまへ ~研究活動における不正行為の防止について~」というパンフレットが届きました。「研究の倫理や行動規範について改めて確認して」とあります。
以前お話頂いた、FFP(Fabrication:捏造、Falsification:改ざん、Plagiarism:盗用)のほかに、不適切なオーサーシップや、二重投稿の注意などいろいろ書かれていますね。自分の研究でも、1本目の論文を適切に引用していないと、自己盗用とみなされることもあるそうです…。
ルールは変わるので、最新の情報を使うように、とのご注意でしたね。

中山: そうですね。研究するには、常に最新のルールをチェックすることが大切です。何時発行のパンフレットですか? 平成25年7月付けですね、はい。http://www.jst.
go.jp/kisoken/contract/h25/others/h25s805others131120.pdf

不正には、さまざまなペナルティーも課せられています。過去の教訓的な事例もいくつか紹介されていましたね。

宮崎: はい。ジョン・ダーシー事件(1981年)、シェーン事件(1998年)、アルサブティ事件(1977年)。

中山: アルサブティ事件でしたか、論文の一言一句そのまま盗用して投稿していたというのは。たしか『背信の科学者たち』(講談社)の著者ブロード氏が「これがもっと穏やかな方法であれば発覚しなかったことだろう(p.59)」と書いているのですが・・・、考えさせられます。

宮崎: ラング先生は、ネズミの背中に「移植した皮膚」としてサインペンで黒く描いて、架空のデータを使用した事件を紹介していましたね(『トム・ラングの医学論文「執筆・出版・発表」実践ガイド』p.190)。

中山: 科学上の不正がマスメディアに注目された、ということで有名なサマーリン事件(1974年)ですね。…ところで、「キイタム訴訟」という言葉をご存知ですか。

宮崎: キム・・、知りません。

中山: キイタム(qui tam)注)訴訟とは、米国で一般のひとが企業を対象に起こす民事上の損害賠償の一つで、「政府に代わって」行うという点が特徴です。これは、企業に勤めている人間が、その企業を告発すること、つまり「内部告発」として捉えると分かりやすいかもしれません。企業が不正を働くことで利益を挙げている場合を考えてみましょう。医療関係の企業であれば、本当は有効ではない医療行為に対して、政府が費用を負担することになり、医療費が増大するわけですから、被害者は政府であり、国民ということになります。この場合、政府が、この企業を訴えることができればよいのですが、政府自身は、その企業の内部で行われている不正を知る由もありませんから、訴訟を起こすことができません。ですので、企業の内部を知る人間が、告発という形で、結果として「政府に代わって」訴訟を行うという話になってくるのです。過去10年間の米国のキイタム訴訟では、製薬企業による医薬品の不適切な価格付けを訴えるものが多いようです。告発者には、この訴訟によって減ると見込まれる政府の支出負担から、一定割合が報奨金として与えられます。

宮崎: ・・・アメリカらしい話ですね。

中山: ラング先生は、FFPではなく、企業の関連した不正としてシントロイド・ケース(1997年)を紹介されていましたね(『トム・ラングの医学論文「執筆・出版・発表」実践ガイド』p.197)。研究結果を企業が契約書を盾に、研究者の結果発表を阻止したり、投稿したら大学に圧力をかけて論文出版の取り下げを指示させたりして、結果公表までの6年間で膨大な利益を得たというケースです。

宮崎: ひどい。最近の日本で続いている事件も、そのうちに書かれるのでしょうね。○○事件(2013年)などと。本当に他人事ではありません。

中山: 研究者、科学者としてのプロフェッショナリズムとも大いに関係することです。まずは、自分の足元を見つめることから始めないといけないですね。
英語で研究結果を発表する際にも、いろいろ注意が必要です。私が論文を英文で書き始めた平成の初め頃は、「よい英文論文のよい表現を真似するように」と教えられました。今は、その論文の表現が、他の論文の表現と似ていないかどうかをチェックするソフトが、一部の学術誌編集部で使われるようになりました。このチェックで文章が他の論文とかなり似ていると判定されると、盗用の疑いをかけられることがありますし、研究の結果までも疑われる可能性が出てくる場合があるのです。

宮崎: 英語論文の書き方を参考にしたことで、研究結果まで疑われるなんて、困ります!

中山: はいはい(笑)、気持ちは分かります。日本人のように非英語圏の研究者には確かに苦しいところです。
しかし、世界の学術情報のルールが、そのような流れになりつつあるわけですから、気を付けていきましょう。盗用といっても、他人のものだけでなく、自己盗用(self-plagiarism)という問題もあります。

宮崎: 二重投稿のほかで、自分で自分のものを盗用するということですか。どういうことでしょうか。

中山: 専門家であれば、本質的に同じことを繰り返し、論文や著書で書いたりするでしょう。

宮崎: はい、そうです。それが専門家に期待されていることですから。

中山: そうですね。その行為はある意味で当然と言えます。可能な限り表現を変える努力はしても、まったく繰り返しをしないことは難しいと、ラング先生も書いておられます。しかし、こういった指摘があることも頭の隅に置いて、自分の著書でも引用したり、前もって著作権保有者からの文書での許可を得るような配慮が必要な場合もあるわけです。

宮崎: 研究の倫理とは他人事の事件で、自分とは全く関係ないことだと思っていたのですが、とんでもありませんね。

中山: 本当ですよ。特に海外から見たら、日本人の不正行為が問題になることが多ければ、「お前も同じ日本人だから信頼できない」と思われるのです。他人事と考えてはいられないのです。

宮崎: フーッ。科学者・研究者であるのであれば、FFP、research integrity、COI、先人たちのそして現在の事件に学んで、いつも気を配り、新しい情報をチェックしていなくては・・。そういう厳密さも含めて、「信頼されること」の上に科学が成り立っているのですね。まずは自分とは関係ないと思わずに、自分の足元を見つめます。先生、ありがとうございました。
次回は、ラング先生の真骨頂であるwritingについて、ゲストをお招きしてお話を伺う予定です。

注)qui tamとはラテン語で“qui tam pro domino rege quam pro se ipso in hac parte sequitur”から由来した言葉。意味は、王と自分自身のために訴えを行う者