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第4回 Research Integrityを巡って:研究と出版の倫理

宮崎: 今回は、Lang先生の本の章を少し先に進めて、8章の「研究と出版の倫理」について中山先生に伺いたいのですが、よろしいでしょうか。

中山: 分かりました。最近のニュースでもありますね。

宮崎: はい、ニュースです。このニュースをよい機会に、研究者・科学者として、自分自身の問題として、研究の倫理について考えたいと思いました。よろしくお願いいたします。

中山: そうですね。倫理は研究者としてとても大事な問題ですが、なかなかじっくりと考える時間がありませんね。

研究の倫理とひと言でいっても、それは研究実施上の倫理、つまりインフォームドコンセントの問題を中心に、研究に参加してくれる方の保護を主体とする領域だけではありません。海外では“research integrity”と呼ばれる領域にも大きな関心が寄せられています。

研究に参加してくれる人の保護は、2000年以後に研究倫理指針の策定や施設内の倫理審査委員会の設置が進んで、研究者の間でも一定の認識が持たれるようになりました。

宮崎: はい、私も倫理委員会に研究計画書を申請する時には、患者さんへの研究の説明文書や同意書を全部添付します。

中山: そうですね。そのような研究倫理の考え方と、もちろん深く関連するのですが、 “research integrity”という考え方にも、研究者は認識を深める必要があります。

宮崎: “research integrity”・・・、ですか?

中山: “research integrity”の意味は、「科学・研究活動への誠実さと真実、公正な良き科学活動」です。その対照となる言葉は、“scientific misconduct”です。ここで言う「科学上の不正」については、論文執筆を巡って、さまざまな形で問題が明らかにされることが多いのです。ですから、“research integrity”またその逆の“scientific misconduct”は、海外では研究者による学術論文の執筆・出版を巡る倫理、“publication ethics”としても話題になることが多いのです。研究に参加してくれる人の保護についての領域を「狭義の研究倫理」とすると、それに“research integrity”を加えた内容は、「広義の研究倫理」と言えます。

国内でも日本学術会議から2006年に「声明・科学者の行動規範について」が発表されていますが、まだ研究者の間で話題となる機会は少ないですね。

宮崎: 「狭義の研究倫理」と「広義の研究倫理」があるんですね。今回のような機会がないと、なかなかそこまで整理して考えられません。不正なんて、自分とは全く関係がないような気がしていて。

中山: そうでしょうね。まだ国内では「自分とは関係ないこと」とのように感じられてしまうのですが、海外では「研究者であれば、皆が認識しておくべき、基本的なルール」なのです。その意識の差はかなり大きいと言えそうです。

米国科学アカデミーは「科学の不正行為は、捏造・偽造・盗用、あるいは科学で研究の申請・実行・報告等の際に一般的に受け入れられている共通事項からの著しい逸脱行為を意味する」 としています。そして研究の不正行為の代表的なカテゴリーとして、いわゆるFFP:Fabrication(捏造)、Falsification(改ざん)、Plagiarism(盗用)があります。

宮崎: Lang先生は・・・、Plagiarism をFraud(詐欺)と書いています。「知的財産の窃盗」と。

中山: 「人の成果を、断りなしに盗む」ということですから、大体同じと考えてよさそうですね。

論文執筆の時に、実際は存在しないデータを作成することがFabrication、データを変造、偽造することがFalsification、そして、他人のアイディアやデータや研究成果の適切な引用をしないで使用することをPlagiarismと定義して、各語の頭文字から“FFP”と言っています。

宮崎: 研究の倫理は、FFPをしないこと!

中山: はいはい(笑)。でも私は「FFPという不正をしない」ということばかりを強調するのではなく、“research integrity”そのものの大切さをまず意識したいと思います。

宮崎: たしかに、“research integrity”であれば、FFPは当然しませんね。

中山: そうですね。ですからまずは、研究者には“research integrity”ありきではないかと思うのです。

このテーマでは山崎茂明先生の先駆的なご著書がありますが、その中で米国のSheetz先生のエピソードが興味深く感じられます。研究者と話す時にmisconductということばを使う時と、integrityを使う時とで、研究者の反応がかなり違うようです。

宮崎: うーん、・・・misconductだと、自分とは関係ないし、あまり考えたくないような気になるかな・・・。integrityでは、そうそれでと、自分と直接関係している話のような気がします。

中山: Sheetz先生も、「misconductということばを使って研究者と話すと、研究者は身構えてしまい、討議を避ける」そうで、研究者たちを批判するのではなくて、同じ土俵で話すようにと言っています注1)。広く言えば、もちろん「教育」ということになりますが、「何を教えるべきか?」だけでなく、大切なことをどのように伝えていくか、どのように学んでいくか、その方法もきちんと考えていく必要がありそうです。

宮崎: 研究の教育というと、研究デザイン、PICO・PECO注2)、サンプルサイズ、解析計画とすぐに進みますが、研究の倫理もしっかりと教育していかなくてはならない。当たり前なことのようですが、それだけに盲点だったかもしれません。

中山: 国内でも研究者一人一人、そして学会などの専門家組織が、研究倫理の広義な意味のintegrityについても考え始めるべき時期に来ていると言えるでしょう。

宮崎: なにか、自分がなぜ研究するのか?という、哲学的な問いかけにも通じます。
研究者として認識しておく基本的ルールとして教わることも必要ですが、研究者として研究していくなら、考え続けていかないといけない問題かもしれませんね。うーん、考えます。

今日は、研究と出版の倫理について伺いました。中山先生、この問題は、まだまだ考えたいので、次回もよろしくお願いします。


注1)山崎茂明. 科学者の不正行為:捏造・偽造・盗用. 東京:丸善 2002
注2)リサーチクエスチョン、臨床上の問題を明確化するときの整理のしかた。
P:patient(対象者)、I:intervention(介入)あるいは、E:exposure(暴露)、C:comparison(対照)、O:outcome(結果)の頭文字で、PICO(ピコ)PECO(ペコ)と表す。