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第3回 科学とライティング

宮崎: こんにちは。中山先生との対談も、3回目になりました。
今日は、私共が監訳させて頂いた『トム・ラングの医学論文「執筆・出版・発表」実践ガイド』の第1章「ヘルスサイエンスにおけるライティングと出版の概要」について、中山先生に伺います。第1章の書き出しはインパクトがありましたが、いかがでしょうか。

中山: この第1章の書き出しで目を惹かれた言葉は、医学論文を書こうという読者を「persuadeする」。この一言ではないでしょうか。「あっ、こういうふうに考えるのだな」という感じですね。ここはぜひ日本の、特に若手の研究者にぜひ学んで欲しいところです。ここは多くの人たちに伝えたい、関心を持ってもらいたいので、引用させて頂きましょう。

トム・ラングの医学論文「執筆・出版・発表」実践ガイド、第1章より引用(p. 1-2)

 科学が文書を書くこと(writing)なしに存在しえないことは、あまり知られていないかもしれませんが、意味深い真実です。科学を科学たらしめている特性は、一般に周知され、客観的で、再現・予測が可能で、漸増的で、系統的であることです。そして、これらのすべてが文書によるコミュニケーション
(communication)に頼っています。科学は、口頭あるいは視覚的なコミュニケーションでは決して継続できません。さらにいえば、出版(publication)は研究の最終段階です。結果が出版されなければ、科学的観点からいうと、その研究は行われなかったとみなされるのです。出版は研究に関する正式な討論の始まりとなり、唯一の研究記録ではないとしても、通常、最も長く残るものです。したがって、ライティングは科学と科学に携わる人たちにとって不可欠なのです。
 臨床科学において、エビデンスに基づく医療(evidence-based medicine: EBM)の概念もまた、ライティングに立脚しています。すなわち、EBMは、文献に基づく医療(literature-based medicine)なのです。つまり、臨床上の意思決定を後押しするのに必要なエビデンスは、出版された研究の報告をまとめたものです。そして、これらの研究報告の質は、研究がいかに適切に記述されているかに大きく左右されます。くり返しますが、ライティングによってEBMが可能となるのです。
 同時に、科学ライティングはただ単に文書を書くというだけではありません。それはまた、研究計画、分析方法、結果を正確に文書化(documenting)することであり、ことばと同様に、図、表、数字、画像やグラフィックデザインを用いてコミュニケーションを行う(communicating)ことです。推測や感情とは対照的に、事実や論理に基づいて、ある選択よりも別のほうを選ぶように読者を説得する(persuading)ことです。そして研究から得られた結果、結論、教訓を、公式な記録として保管する(archiving)ことにより、他の研究者が、これらの知識を基に研究を進めていけるようにすることです。

中山: ここのところは含蓄というのかな、いろいろなことを考えさせられました。
基本的な、どちらかというと、トム・ラングさんのライティング哲学のようなものが書かれているかなと思いましたね。

宮崎: この次に、出版の歴史に関して書いてありますね。 当たり前に使っている「方法論」の項目とか、ページをふるとか、文献の書式などが「こういう経緯でできた」と、はじめて知りました。

中山: そのあたりの背景も、なかなか知る機会がないので、興味深い内容でしたね。

宮崎: 1章の最後の方、現在の時点では「基準運動」、例えばCONSORT声明(Consolidated Standards of Reporting Trials Statement:臨床試験報告に関する統合基準)などについても書かれていますが、今後の展望も含めて、いかがでしょうか。

中山: これだけ話してもけっこう長くなりそうですが(笑)。最近では国内でも良いライティングの本も増えていると感じます。しかし、この基準運動と言われるライティングガイドラインを積極的に取り込んで、一つの柱にしているテキストは珍しいと思います。CONSORT声明の初版が1996年ですからもう15年以上前ですね。CONSORT声明、これはご存知の方も増えてきましたが、ランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)を報告する時に記述すべき内容のチェックリストと試験参加者の登録から追跡までその過程の明示するフローチャートを提案したものです。臨床試験の専門家、統計学者、疫学者、生物医学雑誌編集者の有志による国際的グループで作られて、現在は2010年版になっています
http://www.consort-statement.org/)。
EBMの誕生が1991年ですが、論文としてのエビデンスへの関心の急速な高まりが、CONSORT声明が発表につながる一つの背景と言えます。EBMがライティングという学術コミュニケーションのコアな部分へ大きな影響を及ぼしたわけです。ラング先生ご自身もそういったEBMムーブメントを推進してきている一人ですね。

宮崎: トム・ラング先生はCONSORTの委員会に参加していらしたそうですね。

中山: 5~6年前に比べると大分知られているようになりましたけれど、日本ではまだCONSORT声明をはじめとする基準運動の認知度は高いとは言えない...というより、まだかなり認知度は低いのが実情ですね。

宮崎: えっ、そうですか。日本語版もありますよね。

中山: 京大健康情報学分野(http://square.umin.ac.jp/healthim/)や京大SPH(社会健康医学系専攻http://sph.med.kyoto-u.ac.jp/)では日常的な言葉ですが、 外ではまだまだ。

宮崎: もったいない。

中山: 医学研究者、特に臨床研究をされている方に、CONSORT声明をはじめとする基準運動がどれくらい知られているか、調べてみるのも興味深いですね。
このようなことを知っているのは、別にすごいこと、特別なことではなく、多くの研究者が、普通のこととして基準を参考にして論文を書くようになると良いですね。

宮崎: そう、論文を書くこと、ですね。今日は、トム・ラング先生の著書で、第1章の書き出しと基準運動についてお話を伺いました。ありがとうございます。


※「CONSORT 2010声明」の日本語版は下記からダウンロードできます。
http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/consort/honyaku.pdf