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第8回 心肺蘇生術コースを実施しても成果が不明


 私自身は、この数年間ibstpi instructor competency (IIC)習得や応用を以下のように続けてきました。

2007年 IICに出会う
2008年 IICの習得
2009年 IICの翻訳、IICを応用した学習の場を創る試み
2010年 IICを応用した組織内学習の試み
2011年 IICのチェックリスト作成
2012年 IICを応用した授業の試み
2013年 IICを応用した組織創りの試み

 これらの一部について第4回の「4.IICを応用した場面」で簡単に記載しましたが、IICの応用について、もう少しお話をします。

 2010年頃カークパトリックの4レベル[Evaluating Training Programs: The Four Levels, ISBN-13: 978-1576753484]を知り、教育や訓練の効果について、改めて考える契機になりました。

 この4レベルは簡単には、
レベル1;Reaction(反応) 満足
レベル2;Learning(学習) 理解
レベル3;Behavior(行動) 実務での活用
レベル4;Results(業績) 業績への貢献
です(引用資料:http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/opencourses/iel/contents/005
/eLF2003t171.pdf
)。

 私は心肺蘇生術の教育に関わっていましたが、心肺蘇生術コースではコース終了後アンケート調査で満足度を測る場面(レベル1)や、実技・筆記試験で学習達成確認(レベル2)を確認することはあっても、コース受講生が現場で心肺蘇生術を実施する状況(レベル3)や病院での心肺蘇生術後患者の状態改善(レベル4)を調べたことさえない現実があることを知らされたのです。

 ある報告では病院内での心肺停止後、心肺蘇生術を施行されて患者が生存退院する率は、2000年初頭は1990年代と比べて、ほとんど改善していませんでした[N Engl J Med 2009;361:22-31]。最近の論文では先の報告よりも生存退院率に改善傾向を認めますが、やはり15%程度の生存退院率は変化していません[N Engl J Med 2012; 367:1912-1920, http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1109148]。

 これらをみて、カークパトリックのレベル2にとどまっていたそれまでの取り組みをレベル3以上の成果を目指した方略にしたいと願うようになりました。

 その頃全国で約50の病院を管理するある団体での患者安全教育を依頼されました。最初、この団体の私への要望は、心肺蘇生術指導者養成講習会の開催でした。私はカークパトリック4レベルに基づき別の提案をしました。特に、心肺蘇生術講習会をグループ病院全体で開始するならば、院内心停止患者に心肺蘇生術を施行した事例での処置内容や処置後状態のデータ収集システム作りを先だって行うようお願いしました。その上で、従来の様々な心肺蘇生術講習会や指導者養成講習会を再構成した患者急変対応学習システムを提案してその開発に着手しました。この件がこの団体での研究活動となって、2012年9月から全国50あまりの病院で心肺蘇生術の成果について調査が始まりました。この体験で、カークパトリック4レベル確認への基盤を創ることができました。

 また、2010年末から鹿児島のある病院グループでの職員教育にIICを応用する試みにお招きいただきました。この組織では、規模拡大に伴い増加する職員の教育に病院グループ管理者が悩んでいました。その病院スタッフで、心肺蘇生術インストラクターとして活躍する方々とお会いして、IICを応用した指導者養成を説明しましたところ、その方々はこれを応用したいと望まれ、管理者に私の招聘を求めたようでした。病院管理者と会い、職員教育にIICや教授システム学(Instructional Systems Design: ISD)を応用する方針を確認して、2011年にはIICの学習会、そして2012年にはIICの到達チェックリスト作成などを実施しました。この過程で、この病院職員の数名がISDの大学院へ社会人入学し、職員教育の発展へ寄与することが期待されています。また、院内にISDコンサルタントを招き、職員教育のシステム創りに取り組む試みも始まりました。

 ISDを応用して、自分の授業を効果的・魅力的にする実践にも挑戦しています。これらについては以下のプレゼンテーションをご覧ください。
http://www.slideshare.net/matstaro/change-your-classwithvotingsystem
http://www.slideshare.net/matstaro/slide-share-arsinclassroomwthgagne9eventsofin
structionanddavydov


 以上私のIICとの出会いから始まるIIC応用の経緯について書いてみました。これら体験から最近の自分に変化が起こってきました。その主な2点についてまとめてみます。

1:指導者養成から自分自身が学習者として発展する方略の習得へ

 IICを心肺蘇生術指導者養成に応用して、数年「指導者養成」に取り組んできましたが、最近、指導は学習の場のごく一部に過ぎず、なぜ学ぶべきか、何をどの程度学ぶか、どうやって学ぶか、どうやって指導するかなど、さまざまな要素が「学びの場の創り方」に影響することが分かってきました。そして、何よりも、自分自身がいまだにいくつもの失敗・失態を積み重ね、指導者養成という立場よりは、自分自身が学び続けるべき学習者の立場であることを思い知るにつけ、自分自身の発展のための学習方略開発へ焦点を当てることにしました。主には「フィードバック」や「デブリーフィング」などの「振り返り学習技能」について探究しています。次回以降はこれらの「振り返り学習技能」について書いてみます。

2:「何かができない・分からない」状態の個人レベルでの解決から、組織の発展への取り組み

 カークパトリックの4レベルの観点で言えば、私たち医療者の教育・訓練は医療者組織の業績改善の有無を指標に開発するべきです。それでは、私たちの医療者組織の「レベル4」は何でしょうか?医療者としてそれぞれが知識技術を高めるだけでいいのでしょうか?私たち医療者の組織が抱える最優先課題は、患者安全の改善であると世界的に叫ばれています。医療者が心肺蘇生術ができない現場をみて私は心肺蘇生術教育に取り組み始めたのですが、心肺蘇生術ができるようにする取り組みだけでは、レベル4としての患者安全が促進するには道のりがとても遠いことが分かりました。そうならば、異なるアプローチで患者安全を推進する挑戦を始めるべきだと感じたのです。振り返り技能に引き続いて、患者安全技能や患者安全な医療者組織創りについて述べる予定です。