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第7回 指導者に最も重要な技能としての動機づけ


 あなたは、現場の誰かを指導する場面で、その学習者が「なんだか、やる気なさそうだなぁ」と感じたり、「教えたいけど学ぶ側にやる気がなさそうだから、仕方ないか」と諦め気味になったりした体験はありませんか?学習者のやる気がないように見えるのは、学習者の責任で、指導する立場のあなたには、モンダイはないのでしょうか?

 私は、ibstpi instructor competency (IIC) 7を応用するようになって、聴衆は少なくとも居眠りしない授業ができる様になりました。その実践の一例は以下でご覧になれます。
http://www.slideshare.net/matstaro/change-your-classwithvotingsystem

 「IIC7:受講者が意欲的に、集中して学べるように働きかける」には以下のパフォーマンス記述が付随しています。
(a) 学習者に面白そうだと思わせ、彼らの興味を維持するようにする。
(b) 到達目標/目的を明確にする。
(c) 学習に対して好意的な姿勢を育む。
(d) 学習者の意欲を高めるために、学習者の生活/業務に関連づける。
(e) 学習者が現実で実施できるという期待を持たせる。
(f) 学習者が参加して成功する機会を提供する。
これらの記述を実際に学習者の学びを支える場面で使う例をいくつか挙げてみます。

(a) 学習者に面白そうだと思わせ、彼らの興味を維持するようにする。

 教育方法として代表的な講義では開始後数分で聴衆の集中力が下がる可能性があります。講師の話は数分で区切る工夫が有効です。講義であれば聴衆の理解を図るクイズを実施したり、多様な考えが求められる話題で少人数議論へ切り替えたりすると集中力が回復するかもしれません。

(b) 到達目標/目的を明確にする。

 学習支援では、どこまで学べば終了とするか、学習試験の計画の早い段階で決めておくべきです。しかも学習者が学習到達したかどうか、できる限り測定可能な、評価者間の差が生じにくい表現の目標リストを創ってみましょう。学習内容は「知識」、「技能」、「態度」などに分けます。それぞれの内容で達成できたかどうかは、「知識」ならば「◎◎が言える、書ける」、「技能」ならば「△△ができる」、そして「態度」ならば「□□と◇◇から適切な方を選べる」など、学習内容次第で一定の到達目標の表現ができると、学習者も学習支援者も、明確な目標へ向かう動機づけになります。

 学習支援の場面で、学習者が取り組むべき内容が不明だとやる気も不安定です。逆に明確な目標が示され、「自分は項目A、B、Cだけできればいい」と分かると、そこに向かって進む意欲がでやすくなります。また、最終的な目標が10個あるとしてもその10個を一度に学習者に達成させようとすると、「やってもできないかもしれない」と感じて動機づけが低下するかもしれません。その場合には、学習目標を1度に3個ずつなど小分けにして学習者に取り組んでもらう場を創ると動機づけ改善が期待されます。

(c) 学習に対して好意的な姿勢を育む。

 学習者が「今、学びたい!」というタイミングが動機づけの好機です。この場面で指導者が「忙しいから後で」とこの機会を逃すと、学習者はせっかくの発展を逃すかもしれません。私は、心肺蘇生術のコース開催を希望される同僚や学生さんの希望される日程に、できるだけコース開催日を合わせるよう努めています。学習者が練習を望む場合には、繰り返し練習の機会を創る支援が大切です。その学習者に適切な学習速度を意識して、学ぼうとする学習者には制限の許す範囲で伴走する姿勢を学習支援者が持つことが重要です。

(d) 学習者の意欲を高めるために、学習者の生活/業務に関連づける。

 学習者は自分の身の回りの課題に失敗したくない、あるいは、自分の持つ課題で成功したいので、学習の必要性を感じ、動機づけられます。逆に、「いつかは役立つかも」という、遠い将来の課題には、今すぐやる気を感じることは稀です。学習者に学習支援者がある課題を示す場面で、「あなたも体験したことのあるこのモンダイの解消に役立つ課題に取り組みます」と学習者との関連性を意識させるのは非常に重要です。

(e) 学習者が現実で実施できるという期待を持たせる。

 学習者には練習やリハーサルの機会を何度か提供して、学習者が実際に現場で失敗しない・成功できるという気持ちになれるよう支援をするのが指導者の役割です。学習者によって、現場が異なるので、その現場の状況に近い状況設定の練習は、学習者に自信を感じさせる可能性が高いでしょう。

 私は、ある講習会の終わりが近づくと、「この学びをあなたの現場でどのように応用しますか?」と問いかけて、現場実践の具体案を立案する場を創るよう心がけています。また、学習者が学んだことを現場で実践しにくい要因を分析して、これらを解消するための検討も、学習者の現場実践への期待に役立ちます。

(f) 学習者が参加して成功する機会を提供する。

 学習者が受け身になる可能性が高い教育方法よりは、学習者自らが参加する学習方法を提供するよう学習支援者は心がけたいものです。具体的には、講義やデモンストレーションよりも、学習者が練習、議論、教えるなどの学習方法のほうが、学習効果が高まる可能性が高いと思われます。そして、動機づけ上重要なことは、学習者が成功できるまで、機会を与える学習支援の工夫です。学習者は自分の課題に成功できると自信や満足を得て、動機づけされるからです。

 IICには18項目のコンピテンシーがありますが、唯一「最も重要(the most important)」と形容されているのがこのコンピテンシーです。このIIC7をとても興味深く読み始めたのですが、大変残念なことに、以下のように書いてあっただけでした。

 「学習者を動機づける方法についてもっとアイデアが欲しいインストラクターは、注意を引きつけ、関連づけ、自信や満足を得させる方略のリストについてはKeller(1987)、成人の動機づけを増強する方略についてはWlodkowski(1998)を参照にして欲しい。」

 そこで、これらのKellerやWlodcowskiの論文や書籍を探索してみました。最近の代表的な著書には、以下の2冊があります。
・Keller, Motivational Design for Learning and Performance: The ARCS Model Approach (ISBN-13: 978-1441965790)
・Wlodcowski, Enhancing Adult Motivation to Learn: A Comprehensive Guide for Teaching All Adults (ISBN-13: 978-0787995201)
前者には2010年に日本語版、「学習意欲をデザインする―ARCSモデルによるインストラクショナルデザイン(ISBN-13: 978-4762827211)」が発刊されています。

 この領域の研究者では日本人で鈴木克明先生が著明で、鈴木先生の資料(http://
www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~id/siryou/keywords/arcs/main.html
)に触れることができたので、Keller先生のARCS理論を学び始めました。つまりARCS理論との出会いは、僕が教授システム学へ興味を持つ契機になったのです。

 IICの18項目は国際標準的な指導者技能として全て重要な項目ですが、このWebマガジンで取り上げたIIC1とIIC7-14などの直接的に教える場面で役立つ項目から自分の教え方に応用されることをお勧めします。IICの学習会・練習会をご希望の方はご連絡下さい。以下の拙論・拙著をご参照下さると幸いです。

・インストラクターコンピテンシーの医療者教育への応用、医療職の能力開発; 1: 41-62、2011、篠原出版新社
・インストラクター・コンピテンシーと救急医学教育、救急医療;35:1714-1719、2011、へるす出版
・インストラクターコンピテンシー、第3章 日本救急医学会 ICLS指導者ガイドブック、平出敦監、2011年、羊土社