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指導や教育の場面で時折見受けられる場面に、「これ、前に言ったよね」、とか「大事なことが伝わればいいと思います」などの指導者の言葉の例があります。こういった指導者が気にしてほしい点について述べてみます。
今回は前回の続きとして、教える・学ぶ場面でのコミュニケーションを理解するために、ソシュールの記号学における「意味化」の段階に焦点をあててみます。まず、前回お示ししたソシュールの記号学の図でdecodeの日本語訳に「意味化」をあてたのは、極めて意図的です。辞書によればdecodeには「(暗号・信号の)解読」の日本語訳があてられていることが多いのですが、この「解読」には、単にある記号を別の記号に変える要素が私には強く感じられます。それ以上に解読には、暗号・信号の意味を理解する・とらえる要素も含まれます。会話では、さまざまな情報を理解する要素、つまり「記号を意味として理解」することが非常に重要と私はとらえていますので、あえて辞書にはない「意味化」ということばをあてたこと、ご理解ください。
さて、「これ、前にいったよね」という指導者の心には、以下の2つ、つまり、
1)自分は「この意味」を教えるために適切な言葉を選んだはず
2)自分は「この意味」を教えるために適切な伝え方を選んだはず
という信念があるかもしれません。「この意味内容を表現するならば、この一言しかない!」という素晴らしい言葉を選ぶことに熱心な指導者がいます。また、声が大きい、被指導者に聞こえやすい環境を準備する指導者もいます。しかし、現実、目の前の被指導者(学習者)は教えた内容が実践出来ていないことがあります。
皆さんは、見聞きした言葉をあなたの頭の中でどのようにとらえていますか?何か話した後に、聞いた方の反応を確かめてみると、その内容が自分の意図したことと大きく異なった体験がありませんか?あなたが指導する場面で、目の前に二人の受信者・被指導者がいるときに、その二人があなたの言葉を同じように意味化するでしょうか?
これらの例のように、同じ「記号」が受信者・被指導者に届いたとしてもその内部では同じ「意味化」が起こりにくいことがあります。この意味化に影響しそうな要素を以下のように挙げることができます。
意味化影響因子
影響因子:内容
年齢:「むかつく」と言う言葉を聞いたとき、高齢者と若年者では、異なる意味化が起こる場合があります。なぜならば、「むかつく」は1980年台に「腹が立つ」という意味と使われ始めましたが、それ以前は「吐き気がする」意味が主だったからです。
性別:同じ言葉を聞いても、性別によって受け取り方、つまり「意味化」が異なるので注意が必要です。職場の同僚に「食事に行きませんか」とかける言葉は、時に「セクシャルハラスメント」と解釈される例があります
[http://kokoro.mhlw.go.jp/case/worker/000610.html]。
体験・知識:「しんしつさいどう」と言われて、「心室細動」という学術用語を聞いた体験やそのような知識がない場合、ある地方の方言者は「寝室さ移動」と意味化する可能性があります。
専門領域:上記とも関連しますが、「ホシ」と聞くと、刑事ドラマ好きな方々以外には「星」の意味化が頭で起こるはずですが、そんな好みの方や警察関係者には「犯人」と意味化されます。
動機付け:自分が興味のある内容であれば、聞く言葉を興味深く感じて、多少難しい内容としても、理解しようと努めるような熱心な意味化が起こります。逆に興味関心と関連がない内容は、いわゆる「馬耳東風」な状態で適切な記号が伝達されても、受信者・被指導者で意味化が起こらないことがあります。
興味・関心・欲望:構造構成主義のキーワード「関心相関性」に関連する
[http://designthinking.dangkang.com/scqrm/]
問題。つまり人は自身のもつ興味・関心・欲望によって、周囲のとらえ方が変わるので、意味化への影響も大きい。
影響因子:内容
年齢:「むかつく」と言う言葉を聞いたとき、高齢者と若年者では、異なる意味化が起こる場合があります。なぜならば、「むかつく」は1980年台に「腹が立つ」という意味と使われ始めましたが、それ以前は「吐き気がする」意味が主だったからです。
性別:同じ言葉を聞いても、性別によって受け取り方、つまり「意味化」が異なるので注意が必要です。職場の同僚に「食事に行きませんか」とかける言葉は、時に「セクシャルハラスメント」と解釈される例があります
[http://kokoro.mhlw.go.jp/case/worker/000610.html]。
体験・知識:「しんしつさいどう」と言われて、「心室細動」という学術用語を聞いた体験やそのような知識がない場合、ある地方の方言者は「寝室さ移動」と意味化する可能性があります。
専門領域:上記とも関連しますが、「ホシ」と聞くと、刑事ドラマ好きな方々以外には「星」の意味化が頭で起こるはずですが、そんな好みの方や警察関係者には「犯人」と意味化されます。
動機付け:自分が興味のある内容であれば、聞く言葉を興味深く感じて、多少難しい内容としても、理解しようと努めるような熱心な意味化が起こります。逆に興味関心と関連がない内容は、いわゆる「馬耳東風」な状態で適切な記号が伝達されても、受信者・被指導者で意味化が起こらないことがあります。
興味・関心・欲望:構造構成主義のキーワード「関心相関性」に関連する
[http://designthinking.dangkang.com/scqrm/]
問題。つまり人は自身のもつ興味・関心・欲望によって、周囲のとらえ方が変わるので、意味化への影響も大きい。
さて、ibstpi instructor competency (IIC) 1:効果的コミュニケーションでのパフォーマンス記述のなかで「意味化」に関連が強いのは
(a) 聴衆,その背景,教養に適切な言葉を用いる。
(c) どのようなものの見方かを探り,さまざまなものの見方を認める。
(d) 背景に応じて積極的聴取の技能を用いる。
と私は考えます。(a)の聴衆の状態として上記要素の「年齢や性別」があります。そして背景、教養などは、同じく「体験・知識」や「専門領域」の問題と言えます。また(c)のものの見方は「動機付け」や「興味・関心・欲望」に関連します。このように、IIC1:効果的コミュニケーションのパフォーマンス記述は、ソシュール記号学の観点から、指導者コミュニケーションにおける意味化(decode)の重要性を示していると私は考えます。
この立場から、私は、学習支援者のコミュニケーションとして「意味化焦点型コミュニケーション」の提案をします。英語のcommunicationを英々辞書で調べると、"share or impart of information"という記載があります。つまりコミュニケーションが目的を遂げるのは、最終的に発信者と受信者の間で、「意味」が共有されたときだと私は考えます。前回掲げた記号学の図で「意味1」≒「意味2」になることがコミュニケーションのゴールとすれば、意味化の段階が非常に重要になると思うからです。特に教育・学習支援の場面で、指導者と学習者・被指導者のそれぞれが頭に描く意味が共有されなければ、教育・学習支援でのコミュニケーションは目的を達成していないと言えます。
意味化焦点型コミュニケーション
冒頭で示した、ある指導者の言葉「それ、以前に言ったよね。」に類似する場面として、皆さんが小学生の頃の学校の風景を思い出してください。「学校では、先生の仰ることをよく聞いてね」と言われた体験はありませんか?
「先生の言うことをよく聞きなさい」という状況を記号学で分析すると、先生の記号化や伝達の状況はさておき、「意味化は学習者の責任」という状況が起こりえます。確かに、生徒に理解しやすい言葉を用い、板書やプリント・OHPなどを駆使して、学習者が理解しやすい授業をする先生は多いのですが、そうでない例も散見されます。
つまり、どんな場合でも、結局は「意味化は学習者の責任」を許すコミュニケーション状態が基盤になり得るのです。その根底には、教育者はその教授内容に関して上位に、学習者は下位にいるので、上位者の言うことを下位者は解釈・理解する立場であるという知識者階層の反映、あるいは権威勾配の文化があるのかもしれません。
極端な例は、朝礼や運動会で体験した隊列状態での号令です。号令では、簡潔な言葉(記号化)で、大きな声(伝達)が行われると、隊列の人々はその号令どおり行動することが義務です。これを私は「号令型コミュニケーション」と名付けます。もしも教育の場で指導者がこの「号令型コミュニケーション」を用いると、学習者の状態から「それ、以前に言ったよね」という結末を迎える可能性が高くならないでしょうか?私たちは長い年月、学校で教壇の上の先生が発信する記号を、自分の責任で記号化しつづけた習慣から、「指導者は伝える役割」「学習者は理解する役割」という構造が染みついている可能性があります。この習慣から乱暴な「号令型コミュニケーション」で教育をするのは、学習支援者の実践としては改善の余地があるでしょう。ぜひ、学習者支援を念頭において、意味化焦点型コミュニケーションを実践してほしいと私は願います。
意味化焦点型コミュニケーション実践へのヒント
この「意味化焦点型コミュニケーション」実践の重要なポイントは、「意味化確認」です。つまり、学習者の内部で適切な意味化が起こっているか、確認しながら学習を支援する実践です。一般的に行われるのが以下の例です。
例1)
指導者:「分かりましたか?」
学習者:「はい。」
例2)
指導者:「○○は△△ですね、はい、それでは○○は?」
学習者:「△△です。」
これらの方法では、適切な意味化の確認が不確かになる可能性が大きくなります。例1では、怖い指導者だと、理解が曖昧でも「はい」と応える場合や、「いいえ」と応えるのが恥ずかしくて、「はい」としか言えない場合もあるからです。例2では、学習者は指導者の言葉を反復しただけですので、その言葉が学習者の内部で適切な意味を生み出したかは明らかではないのです。
「意味化確認」のために私が努めて用いる方法は以下のやりとりです。
指導者:「○○は△△ですね、はい、それでは○○について、△△とは別の言葉で表現してみてください。」
被指導者:「○○は、◇◇とも表現できます。」
つまり、発信者と異なる言葉、自分の言葉で表現してもらい、その内容が、指導者の内部で描く意味と近似かどうか確認する方法です。「別の言葉で表現してみてください」の一言で、学習支援のコミュニケーションがぐっと「意味化焦点型」に変化することが実感できます。
また、優れた指導者は、学習者の目つき、表情、態度などから、意味化が適切かどうか推し量る技能を持っています。これらの技能はなかなか測定が難しいので、ここでは記述ができず、申し訳ありません。
IIC1: 効果的コミュニケーションのパフォーマンス記述で「(d)背景に応じて積極的聴取の技能を用いる。」とされる、積極的聴取とは、「学習者内部での意味化を確認するために積極的に聞き取る」という意味だと言えます。
以上、2回に分けてIIC1:効果的コミュニケーションについて、記号学を用いながら解説しました。学習者を支援するコミュニケーションが実践できれば、学習者の学習は一層促進すると期待されます。私は日々自身の技能を練成し続けています。皆さんも「意味化焦点型コミュニケーション」試してみませんか?