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第5回 指導者に必須の効果的コミュニケーション を探る (第1部)


ソシュールの記号学を用いたコミュニケーションの理解

 ibstpi instructor competency (IIC) 1:効果的コミュニケーションはインストラクターの基本中の基本ともいえる重要なコンピテンシーに位置づけられています。その要素としてパフォーマンス記述には
(a) 聴衆、その背景、教養に適切な言葉を用いる。
(b) 言葉による、および言葉によらない伝達手段を適切に用いる。
(c) どのようなものの見方かを探り、さまざまなものの見方を認める。
(d) 背景に応じて積極的聴取の技能を用いる。
(e) 理解共有するために適切なテクノロジーを用いる。
があげられています。

 これら5つのパフォーマンス記述内容をある切り口で体系化できないかと理論を調べるうちに、ソシュールの記号学1に出会いました。この記号学を会話や指導の場面に応用して、図1のように会話・指導で発信者・指導者と受信者・被指導者がいる場面で、発信者・指導者の頭に浮かぶ「意味1」が【記号化(encode)】されて発信された「記号1」が受信者・被指導者に【伝達】され受信者・被指導者に「記号2」として受信され受信者・被指導者の頭で【意味化(decode)】されて「意味2」として受け止められるような場を想定してください。


図1 会話や指導の場面での記号学応用の例


 まず記号化の段階について考えてみましょう。例えば新人の医療従事者を対象に、心肺蘇生術でのAED(体外式自動除細動器)使用方法を教える指導者の頭の中を想像してください。その指導者は、心肺蘇生術やAEDに関して、学習者はどんな状態だろうかとか、何をどの程度学べばいいのか、教材や教え方などさまざまなことが頭に思い浮かぶでしょう。そのような頭に描くさまざまな「意味の世界」の中から、何か記号が浮かんできます。「皆さんは心肺蘇生術の場面でAEDの使用体験がありますか?」や、「これから心停止の心電図波形について説明します」という言葉などが「記号1」です。このように、記号学を用いると、IIC1「適切なコミュニケーション」のパフォーマンス記述で「(a)聴衆、その背景、教養に適切な言葉を用いる。」と表現している「適切な言葉」の要素として、「適切な記号化」があると考えることができます。

 このパフォーマンス記述(a)の「適切な」をもう少し掘り下げるために、さらにReigeluthが分類した“industrial ageとinformation age”の分類2を応用して「学習者中心的な記号化」と「教師中心(内容中心)な記号化」と記号化を分類してみましょう。ある指導者は、自分が思いつく「こんなことを学ぶべきだ」という意味世界から記号化された言葉を使い、学習者の状況に関わらず、「AEDの仕組みを説明します」というような「指導者中心」あるいは「内容中心」な教育を行うかもしれません。どのような記号を選べば、学習者の学習が促進するかということに焦点をあてて記号を選ぶ指導者は学習者に配慮した記号を使う傾向があり、「学習者中心学習」を支援する可能性が高いと思われます。自分が適切と思う記号を選ぶかを追求するよりも、学習者に適切な記号を選ぶように心がけるべきだと、私は強く感じます。

 次に伝達の段階を考えてみます。これは記号を渡す状況です。話す、資料を配るなどの方法があり、学習の場に適切な伝達方法が望まれます。例えば、声の音量や文字の状態などは学習の状態に影響します。また、パフォーマンス記述に「(b)言葉による、および言葉によらない伝達手段を適切に用いる。」とあるように、伝えるのは言葉だけではなく視線、身振り、姿勢、指導者と被指導者の距離など非言語でも伝達される情報があることを忘れてはいけません。先の図に、以下のような非言語情報が追加されると、コミュニケーションや指導の現実に近づきます(図2)。


図2 非言語情報と記号学で示すコミュニケーションと学習支援


 また同じく「(e)理解共有するために適切なテクノロジーを用いる。」とあるように、記号の伝達手段として、電子メールや動画などを用いる工夫も重要です。時折、指導者の「AEDを使う場面での注意点が学習者に伝わればいいと思う」という言葉が気になる場面があります。そのような指導者が、記号学の図で示した【伝達】の部分だけを実施すれば学習支援は終わりだと思い込んでいないことを願っています。学習者の前で話をしたり、資料を渡したりすれば伝達したことにはなりますが、これだけでコミュニケーションや学習支援ができたという保証はないことが、この記号学の図で分かります。

 次回は意味化の段階を考えてみます。特にこの段階は学習支援では非常に重要な内容を含んでいると私は考えていて、自称「意味化焦点型コミュニケーション」を提唱しながらの意味化の重要性を説明する予定です。

文献
1. ソシュールを読む, 丸山 圭三郎, 講談社, 2012, ISBN-13: 978-4062921206
2. Reigeluth, C. (1987). Lesson blueprints based upon the elaboration theory of instruction. In C. Reigeluth (ed.), Instructional Design Theories in Action. Hillsdale, NJ: Erlbaum Associates.