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第4回 国際標準の指導者技能を使ってみると、 何が変わるのか


 ibstpi instructor competency (IIC)を読み、これを応用して起こった変化について以下の視点でご紹介します。

 1.自分の「教え方」を見つめ直す
 2.「教え方を教える」場面で、よりどころができた
 3.学びの場を創るには、指導技能だけでなく様々なことが必要
 4.IICを応用した場面
 5.IICを読み解く

1.自分の「教え方」を見つめ直す

 IICを読み始めてとても嬉しかったのは、自分がこれまで「なんとなくこんな感じ」とやっていた教える場面が、国際標準的な記述で表現されていることでした。「自分のやっていたことは、指導者技能として一般的かもしれない」と安心出来る記述や、「自分のやっていることはここに書いてあります」と言えそうな記述がいくつもあります。

 それまでの私は教える場面で時折、「このやり方はあのインストラクターの真似だ」と思いながらやっていたのですが、ほとんどの場合には「これまで見たやり方を混ぜ合わせてみるといいのでは?」という試行錯誤の教え方に過ぎませんでした。しかし、このIICを読んでからは、自分が得意と思っていることでも、もっと上手くいく方法を記した部分を読むことで、一層効果的に教えられるようになりました。

 「あの人の教え方はいいなぁ」と感じる場面も、IICを読んでからは、「あの素晴らしい教え方は、ここに書いてある内容の実践だ」と読み解くことのできる記述に出会うことが多々ありました。自分が大切にしている教え方は、出会った素晴らしい先達に基づくものだという信念があったのですが、国際標準的な記述とそれが一致しているならばこれを根拠として、その先達の教え方が国際標準的にもすばらしいという確信をもって周囲に伝える後ろ盾を得た気がしました。

 IICは18項目あるので、自分にはまだまだ不足する要素がたくさんあることも読み取れます。それらの不足部分に対する記述を参考に、自分の教え方を改善する楽しみもできました。

2.「教え方を教える」場面で、よりどころができた

 何よりもIICが役立つ場面は、指導者養成の場面です。IICに出会う前は、指導者技能を身につけたいと願う方々に対して、その実践の状況を私が具体的な言葉で表現することがほとんど出来ませんでした。 せいぜい、「そのインストラクションは誰かのやり方に似ている」のような体験談や、「私はこんな風にやっています」のような自己の思い込みに近い言葉が精一杯でした。IICには、インストラクターが持つべき技能について、18のコンピテンシーとそれぞれを記述するパフォーマンス・ステートメントが合計98項目示されていますので、これらの記述を借りて、目の前のインストラクターの実践状況を言い表すことが容易になりました。例えば、以下のような指導者養成の場面が出来ます。

“あなたの今のインストラクションはIICの11、「明確な説明とフィードバックを与える」に付随するパフォーマンス・ステートメントの「(f)学習者のフィードバック授受を支援」によく類似したインストラクションですね。その記述を参考にもう少し掘り下げるのもいいですね”

 こうすることによって、指導者養成の場に参加した方々が、指導者に指導を受けたというよりも科学的記述に基づいて指導法を見直す機会を得た感覚になったと推測されます。指導者養成の場には、自分よりも医療従事者としての経験年数が長い方々が参加されることもあります。そのような場で、「指導方法を指導する」というあり方は年長者を指導する側には困難感が強く、若年者に指導される側には不安感があるかもしれません。このような状況であればなおさら、IICのような科学的記述を用いた指導者養成がこれらの感覚を和らげる可能性があると私は思います。つまり、若い方々こそ、指導者技能の道具箱としてIICを用いることをお勧めします。

 2001年に心肺蘇生術コースのインストラクターのあり方に感動して、そのようなコースを自分の勤務先病院で継続開催するために必要なインストラクター養成に悩み始めた「指導者養成のよりどころ」にやっと触れることができた気がしました。

3.学びの場を創るには、指導技能だけでなく、さまざまなことが必要

 前述したように、IIC18項目は以下の5分類に分けられています。

 1.プロフェッショナルとしての基礎(IIC:1-4)
 2.企画と準備(IIC:5,6)
 3.方法と戦略(IIC:7-14)
 4.評価(IIC:15,16)
 5.マネジメント(IIC:17,18)

 何かを指導する場面で直接的に役立つのは、「1.プロフェッショナルとしての基礎」に含まれるIIC 1:「 効果的なコミュニケーションを行う」と、「3.方法と戦略」に含まれる8個のコンピテンシー項目、でしょう。

 しかしながら、学びの場を創るには、学習者が学ぶ内容を決める(学習の必要性分析)、学習者がどのような状態になったら学びを達成できたとするか(学習評価方法の決定)、どのような学習方法を選ぶか(学習方略・学習デザイン選択)、どのような教材を用いるか(教材の選択・開発)などが必要となります。私たちは、職場である程度経験年数が増えると、「何かを教える場を作ってください」と依頼されることがあります。そのようなとき、この1冊を読み進めると、学習の場を創るために必要なことのヒントが得られます。

4.IICを応用した場面

 2008年夏からIIC学習会を心肺蘇生術インストラクターと実施しました。IICのコンピテンシー毎に、IICコンピテンシーの記述内容をできるだけ忠実に翻訳しながら、心肺蘇生術のインストラクション場面での応用について参加者と考える場を創りました。この場は、IICの記述を現実に応用するための工夫を考える上で大変役立ちました。

 2009年2月には第1回日本医療教授システム学会であるセミナー講師を担当しIICの内容を紹介する機会を頂きました。2010年末から鹿児島のある病院グループでの職員教育にIICを応用する試みにお招き頂きました。その病院では2011年にはIICの学習会を、そして2012年にはIICの到達チェックリスト作成などを実施しました。

 また、最近3年間は、全国で約50の病院を管理するある協会での患者安全教育をお手伝いする場面でもIICは役に立ちました。この協会の要望は最初、心肺蘇生術指導者養成講習会の開催でした。私はIICに基づき別の提案をしました。まずは、IICの「評価」を根拠に、患者安全を促進するための指標として、心停止患者に心肺蘇生術を施行した事例での処置内容や処置後状態のデータ収集システム作りをお願いしました。この数字を基に、患者安全教育、あるいはシステム作りがこの数字を改善するかどうか検討できる仕組みを作ったのです。

5.IICを読み解く

 IICは18項目あります。この18項目の選ばれた方法もIICには記述してあります。簡単にはIICを作成したメンバーは当初21項目のコンピテンシー候補を世界に公開し、教育・心理学などの専門家1700名余りからそれぞれの項目必要度について投票をしてもらいました。その結果選ばれた上位18項目が現在のIIC18項目です。この中でも最も重要性が高いとされたのが、「IIC1: 効果的なコミュニケーションを行う」であり、IICの記述で「最も重要なインストラクター技能」と表現されているのが、「IIC7:受講者が意欲的に,集中して学べるように働きかける」です。次回は、この2つのIIC項目を中心にIICの解釈や現場での応用についてご紹介します。