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第3回 指導者養成体験から、学習科学を応用した 学びの場の創り方へ


ibstpiインストラクターコンピテンシーとの出会い

 ibstpi インストラクターコンピテンシー(instructor competency 〈以後IIC〉)の書籍[ISBN-13: 978-1593112363]には、はっきり言って苦労しました。まずはよく分からないままに、1冊全体をさらっと読み流してみて、第4章の18項目のコンピテンシーの解釈と実践が大事だと分かりました。

 IICの18コンピテンシーは次の5つの領域に分類されています。
 1.プロフェッショナルとしての基礎(IIC:1-4)
 2.企画と準備(IIC:5, 6)
 3.方法と戦略(IIC:7-14)
 4.評価(IIC:15, 16)
 5.マネジメント(IIC:17, 18)

 この5つの領域は、私がそれまで曖昧と感じていた「何かを教える場を創るときに必要なこと」に近い気がしました。「ここに書いてあることを実践出来るようになれば、国際標準的な指導者技能に近づくかもしれない」と、直観的に思いました。IICと出会った当時、私は市中病院勤務から大学病院へ戻り、今後の自分の身の振り方に迷う時期でした。恐らく、私の所属組織の期待は、私がその組織人として研究・教育・臨床に尽力することだったでしょう。でもその頃の私には、前2者でその組織に貢献できる自信が全くありませんでした。しかしながら私は曖昧と、それからの自分は教育関連で医療に役立ちたいと願っていました。この願いの理由は、医師として自分の知識技能を高めるだけでは済まされなくなった立場で感じた2つの引っかかりが解けずにいたからでした。
 
 それらは2点、 
 1)初期研修医の研修制度が変更され研修医を教育する機会は大学だけでなく、市中の医療機関でも増えた。大学病院でも市中病院でも研修医に根拠のある教育を提供するにはどうしたらいいのか?
 2)医療者が身に着けるべきこととして、医療の知識や技術の他に、教育の知識や技術も必要ではないだろうか?それを出来れば、学校卒業前そして卒後に現場でも体系的に学ぶべきではないだろうか?
でした。

 多くの医療関係者は、全くの新人の頃以外は、何らかの教える立場になります。そこで「教える」のはごく自然に行われるのですが、教える技能に関しては特別の準備なく「教える」のが普通です。なぜならば、学校に居る間に自分が教えられた体験がある、つまり学校の先生の真似をすれば、一見「教える」ことができるからです。そして、通常気にするのは、教える内容としての知識や技術を持っているかどうかであって、「学習者の学習を支援する技能」には余り関心が払われません。私はいまだに、10年以上取り組んでいる心肺蘇生術の講習会が患者安全の役に立ったか、答えを見つけられない日々を送っていますが、私の心肺蘇生術インストラクター体験は、「学習者の学習を支援する技能」の必要性とそれを学ぶ鍵となるIICのような学習科学の存在を知った点では役立ったと確信しています。

 IICと出会い、その後IICに関連する様々な学びを重ねた結果、私たち医療者が自分の組織で患者安全な医療者を継続的に養成するには、全ての医療者に3つの知識・技能、つまり、
 1)医療専門職の知識・技能
 2)患者安全のためのノンテクニカルスキル(非専門職技能)
 3)学習者支援知識・技能(いわゆる指導者技能)
が必要であり、医療者がこれらをバランス良く獲得するよう訓練される患者安全な組織創りが求められると私は考えます。私がこの第三の要素を思いつくヒントを与えたのがIICでした。

IICを読み解き、IICを使ってみる

 IIC第4章の18項目のコンピテンシー解説の部分を重点的に読んで、実際に自分のインストラクションで使ってみる、また読み直す、その繰り返しが続きました。具体的には、アメリカ心臓協会(AHA)のコアインストラクターコースを自分一人で開催できるよう練習したり、心肺蘇生術のインストラクター向け学習会として、IICの18項目を学ぶ場をつくりました。そのような試みを続けるうちに、指導者養成を科学的な記述に基づいて行う利点をいくつか感じるようになりました。

 それらは、
 1)自分のインストラクションの行動をIIC記述に基づいて行える
 2)他者のインストラクションについてIIC記述に基づいて評価や助言ができる
 3)直接インストラクションを拝見できない方にはIIC記述を紹介してそれに基づいたイン ストラクションを勧める
などです。

 私は、それまで自分の体験や他のインストラクターの振る舞い見学などからインストラクションの指導を行っていたのに比べ、IIC記述を基にインストラクション指導を行うと、自分が安心して指導出来ることに気づきました。指導する場面で使う言葉は私の思いつきではなく、IICに書いてあることなので、指導される方も受け入れやすさが増えると思われます。IICの記述を一緒に理解しながら、インストラクションを学ぶ場を創ると、学習者も支援者もIIC記述を共有しながらインストラクションを深めることができます。そしてこのような学びの共有は、目の前に居る学習者だけではなく、離れた方々とも実施可能です。ツイッターやフェイスブックで知り合い、私がIICを紹介した医療関係者や医療学生さんは、紹介後はご自身でIICを用いてインストラクションに応用しています。

インストラクショナル・システムズ・デザインとの出会い

 IICを読み解くには、その文章の行間にある関連領域、例えば心理学や教育工学などの知識が必要と感じました。IICを発表しているibstpi委員に日本の研究者が2名含まれ、その一人である鈴木克明先生とお会いして、教育工学、特にインストラクショナル・システムズ・デザイン(Instructional Systems Design: ISD〈教授システム学〉)に興味を持ち、いくつかの書籍に触れました。皆様にお勧めしたい書籍は以下のものです。

 1.『インストラクショナルデザインの原理』(ISBN978-4-7628-2573-6)
 2.『学習意欲をデザインする ARCSモデルによるインストラクショナルデザイン』(ISBN978-4-7628-2721-1)
 3.『最適モデルによるインストラクショナルデザイン』(ISBN978-4-501-54390-7)
これらを読んで少しISDがわかってきました。

 IICの素晴らしさを多くの方に伝える度に、「日本語でないと読めない」というお応えを多く頂きました。実際自分が読み解くのも大変でしたし、是非多くの方々のお役に立てて欲しいとの思いから、自分に専門知識がなく英語翻訳が稚拙なことも顧みず、IIC第4章だけを翻訳し、その解説を加えて雑誌『医療職の能力開発 vol. 1』に発表することが出来ました[p41-62,ISBN-13: 978-4884126308]。また、IICに基づいた心肺蘇生術インストラクターの養成についても記載したものがありますのでご参照ください[第3章、ISBN-13: 978-4758117166]。

 これから、IICの18コンピテンシーのいくつかについて触れながら、私がどのようにしてIICの基盤になる学習科学、インストラクショナル・システムズ・デザインと関わるようになったか、ご紹介しましょう。