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第2回 私は教育を知らない


 1987年医学部卒業以来、私はずっと主に手術室の麻酔科医でした。卒後14年程経った頃、「病院全体や社会に役立つことをやってみたい」と思うようになりました。ちょうどそんな時期の2001年に「ACLSを広める会」の心肺蘇生術コースに参加したとき、私は、「これならば自分にも病院全体に役立つ何かができるかもしれない」と感じました。そしてこのようなコースを自分の勤務先の病院で定期的に開催することにしました。
 
 まずは、看護部にインストラクター候補者を10名ほど選んでいただき、それらの候補者と約半年かけて、心肺蘇生術の知識を学び、インストラクション方法を練習しました。そして実際にコースを開催するには、受講生募集、教材準備・配布、会場・機材準備、会場設営、コース実施(インストラクション、進行)などの様々な活動が必要であることもわかりました。2ヶ月毎に毎回約20余名の受講生にコースを実施するには、毎回10名以上のインストラクターが必要で、コース開催の度にインストラクター確保が大変でした。最初に訓練した看護師インストラクター10名も、全てのコースでインストラクション出来るわけではないので、心肺蘇生術コース継続には、インストラクター養成が差し迫った課題になりました。

 インストラクターのためのワークショップで教育手法を学んだり、様々な心肺蘇生術コースで出会うインストラクターの実践を見学したりしながら、勤務先の同僚を対象にインストラクター養成をしてみるのですが、私にはいつも不安がありました。
「個人的な体験を伝えるだけでインストラクターを育てることが出来るのだろうか?」と。

 また、当時心肺蘇生術のコースにはいくつか種類があり、同じような学習内容ながら、それらのコースでの指導・教材の在り方には多様な違いがありました。あるコースでは、コースで学習者が学ぶべき重要点の一覧が示されていて、インストラクターはこれに基づき教えていました。また別のコースでは、コース終了のためには受講生が達成すべきチェックリストがあるので、インストラクターにはこれらが達成されるように教えることが求められていました。

 この状況での疑問は「講習会は単に教える内容が同じでも、教え方・教材で大きく異なる。どんな教え方・教材が適切なのだろう」でした。

 そして、インストラクターがコース終了後に振り返る場面で、「楽しいコースが出来ればいい」や、「インストラクターの自分が心肺蘇生術をよく学べた」などの言葉が聞かれることがよくありました。確かに、心肺蘇生術のコースは楽しくないよりは楽しい方がいいし、人に教えると自分の理解が深まることもあります。しかし、参加者を笑わせる「楽しさ」ではなくて、学習者がコースで出来なかったことが出来るようになる「学習者自身の楽しさ」が大切ではないかと感じました。

「学びの場で重要なのは学習者の変化ではないだろうか?」と感じながら、インストラクターのコース終了後の懇親会に参加していました。

 ちょうどそのような時期に、臨床研修医の初期研修制度が変わり、2年間の初期研修のある時期、麻酔科で研修する医師の教育に関わるようになりました。そのような立場になっても、私の出来ることは、研修医に麻酔症例を割り当て麻酔管理を体験させ、論文の抄読会に参加させる、症例検討会で発表させる、実技練習をさせる程度であり、ほとんどが自分が体験したことのある研修状況と変わらない状況を与えるのが関の山でした。私は臨床医で、自分自身の医師としての発展のために学んできましたが、医師の仕事として、次第に、自分の部署や施設内の同僚医師や他の医療職種の方々の教育に関与する場面が増えていくことが予測されました。しかし自分には自分が学んできた体験に基づいた程度のことしかできないのだが、いいのだろうかと感じました。

 思い起こせば、私たちは、小学生の頃から約15年余り学校で過ごしたので、教えられる立場を体験しています。教師が教える姿もその期間体験しているので、教える内容の知識や技術を自分が習得していれば、その体験に基づき、教えることは出来そうな気がします。でもその教育は、どれほど確かな効果を生み出すことが出来るのでしょうか?

 2006年の年末にアメリカ心臓協会(AHA)の緊急心血管治療(ECC)の国際トレーニングセンター(ITC)を新たに国内に設立する折りにITCファカルティーにご指名いただきました。その頃発表となったAHAコアインストラクターコースのDVD教材が素晴らしい内容で、私は一気に引き込まれてしまいました。ファカルティーの主な仕事の一つにインストラクター養成があります。私はこの教材を用いてAHA BLS(一次救命処置)やACLS(二次救命処置)のインストラクター養成をするためにこの教材をじっくりと読みました。すると、そのマニュアルの表紙の裏には「このプログラムはibstpi instructor competencyに準拠している」と出典が記されていました。ibstpi instructor competency(IIC)は薄手の1冊の本でした。私は早速これを購入して読み始めました。私の人生はこの本と出会って、大きく変わることになりました。