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第1回 心肺蘇生術インストラクターの迷い道


 はじめまして。松本尚浩(まつもとたかひろ)と申します。私は心肺蘇生術のインストラクターを続けるうちに、教育に興味を持つようになりました。この連載では患者安全な医療者を養成するために大切なことを紹介したいと思います。

 私は2001年ある病院での研修医オリエンテーションの一コマ「心肺蘇生術」を手伝いました。そのとき初めて出合った「二次救命処置コース」での、私が体験した学校での教師と異なるインストラクターの在り方に感動しました。その場は、生徒が教室で座って教育を受けるのと異なり、生徒が実習を通じてインストラクターとやりとりしながら生き生きと学んでいるように見えたからです。その教え方を真似すれば、効果的な教育ができそうな気がしました。

 しかし、その病院で定期的に「院内心肺蘇生術コース」を開催するようになって、後日知る「学びの場の創り方」やその一部としてのインストラクター養成がとても難しいことがわかりました。そして、自分がインストラクターを養成しようとすると、自分が見聞きした多少の知識と、自己の実践体験に基づいてしかインストラクター養成が出来ないことを改めて認識しました。

 あるとき、アメリカ心臓協会の心肺蘇生術指導者養成プログラムが準拠している国際標準の指導者技能の書籍"ibstpi(注) Instructor Competency (ibstpiインストラクターコンピテンシー:IIC)"の存在を知り、これを一読してあっけにとられました。「これをインストラクター養成だけでなく、医療者の教育の様々な場面で使ってみたい」と思い始めました。

 IICは読み解くのにとても時間がかかりましたが、その第4章にある18項目のインストラクターコンピテンシーだけは、なんとか日本語に訳してみました1。この過程で、IICの基盤には教授システム学(Instructional Systems Design: ISD)という教育工学・学習科学があることがわかりました。

 ISDでとても重要なことは、教育は学習者がその時点で学ぶべき内容に関して設定されたゴールに到達することを保証する学習支援であるという立場です。ゴール到達を明らかにする基準を明確にして、ゴール到達を効率的にするような教材や教授方法を選択し、学習者が没入して魅力的に学ぶ場を創り、学習者をゴールに到達させる。そして、目標設定、教材、教授方法、教授状態などを評価する。そのような学びの場の創り方を組織だって行う考え方は、それまで自分が体験した教師の姿を真似してインストラクター教育を模索していた自分に大きな変化を起こしました。すると、それまで関わってきた心肺蘇生術インストラクター養成の実践や、心肺蘇生術コースの意義に関する考え方を見つめ直し、新たな取り組みを始めることができました。主な例としては、IICを応用した指導者養成や、ISDを応用して医療組織での患者安全成果達成を目指す取り組みなどです。

 IICを応用した指導者養成では、特にフィードバック・デブリーフィングを中心に医療での学習支援者養成を追究しています。このフィードバック・デブリーフィングについては、既に論文を発表していますが2、この話題について新たな知見を加えてこの連載で紹介してみます。

 また、医療従事者が心肺蘇生術技能を高めることが患者安全につながると思い込んでいましたが、最近は航空機事故の調査から明らかになった「非専門職の技能(ノンテクニカルスキル)」の重要性に注目するようになりました3。この技能を医療者組織で訓練し、医療者組織の改善を図り、患者安全の促進を評価する枠組みの開発を目指す話題にも触れる予定です。

 この連載では以下の内容を中心にとりとめなく書いてみます。

1.学びの場の創り方:教授システム学
2.心肺蘇生術コースを実施しても成果が不明
3.振り返って学ぶ技能:フィードバック・デブリーフィング
4.患者安全技能:ノンテクニカルスキル
5.患者安全な医療者を育てるには
6.患者安全な医療組織を創るには

(注 ibstpi: The International Board of Standards for Training, Performance and Instruction, 研修・パフォーマンス・インストラクションの基準に関する国際組織)

文献
1. 松本尚浩、インストラクターコンピテンシーの医療者教育への応用、医療職の能力開発;1:41-62,2011、篠原出版新社
2. 松本尚浩、医療者が学習や教育にフィードバック・デブリーフィングを役立てるために、医療職の能力開発;2:25-34,2013、篠原出版新社
3. 松本尚浩、手術に関わる手洗い従事者のノンテクニカルスキル(SPLINTS)を医療現場で実践するために―ISD(Instructional Systems Design:教授システム学)の応用―, 医療の質・安全学会誌, 7:404-9, 2012,
http://www.abdn.ac.uk/iprc/uploads/files/jjqsh%207%204(2012)_ProfMatsumoto.pdf